ファミリー

2012年1月17日 (火)

(祝) 遂に、ジイジとなった!

<祝 ついにその日がやって来た!私もやっと「ジイジ」の仲間入りである。
3,680gの元気な女の子、初孫である。
ずーっと前から欲しくてほしくてたまらなかった、孫!
今日の思いをこのカットで祝したい。私の大好きな一コマである、明けの明星を指し示すかのような福岡タワー。おめでとーっ

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2012年1月14日 (土)

雪合戦その1(脇山小学校板屋分校跡地で)

久々のカテゴリー「ファミリー」の更新である。
場所は1979年に廃校になった福岡市立脇山小学校板屋分校跡地グラウンドである。福岡市内にも雪が降った日、家族で背振にでかけた。椎原を過ぎ更に登ると雪は深くなった。途中で横殴りの雪となりタイヤチェーンを装備、やっと板屋まで上がれた。
車を降り、分校跡地のグラウンドにでると一面の雪。子供たちは雪の中を駆け回った。次女も次男も雪ん子よろしくマフラーを巻き雪だるま作りに夢中の様子。それがいつしか雪合戦に様子が変わって来た。

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次女は、まだ雪だるま作りの途中のようだ。奥では次男がなにやら始めようとしている。

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手前の青長靴は次男、黄色が次女である。雪だるま作りをしている。奥に家内が見える。

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いきなり雪のボールをあてられた次男は逃げながらもしっかりと、雪玉を手にしている。

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奥では次女が家内に狙いをさだめようとしている。

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すかさず家内の反撃が始まった。

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多少疲れたのか、一時小休止の次男。でも楽しそうな笑顔が伝わって来る。

1995年冬・福岡市早良区板屋

2011年11月 2日 (水)

ラッキー、逝く

昨日11月1日、13年間我が家の一員として暮らしていたゴールデン・レトリバーのラッキーが逝った。人間の年齢に換算すると96歳とか。長生きしてくれた。
ひと月ほど前から足腰が急に弱り、ほとんど歩けない状態が続いていた。
1階のリビングで横になったまま。それでもまだ多少は食べ物や水を口にしていたが、数日前からあまり口にしなくなった。

我が家に帰ると少しだけ顔を上げて私を見ていた。お帰りなさい、と言っていたのだろう。

単身赴任で家を空け、たまに帰省するたびに見るラッキーの衰えは明らかだった。たまにみるから変化を感じたのだろう。

9月帰省の時は寝床の2階から降りて、飼い主の長男や家内と散歩に出かけていた。

それが階段を上れないということで、10月からは1階のリビングで横になっていた。何度か散歩に出かけたようだが、それも次第にできなくなりずっと横になるようになった。

96歳と言うと大往生だったと言うべきだろう。長い間、我が家へ癒しを与えてくれたことに感謝したい。

飼い主の長男が仕事から帰宅した昨夜、ラッキーを見た瞬間長男は、大声で号泣した。長男が私の前で号泣したことはかつて記憶に無い。長男が中学生の頃、ラッキーは我が家へやって来た。それ以来長男は、ラッキーと一緒に寝ていた。

ラッキーの逝去を昼間知った長男、自宅に帰ってそれまでこらえていたものが一度に吹き出したのだろう。

しばらく泣き続けた長男、かける言葉も見つからずなるにまかせていた。

肉親同様にかかわっていたものの死に初めて直面した長男、その全てを知る術は親でも持ち合わせていない。しかしこのことは長男にとってはひとつの経験だ、もっともっと乗り越えなければ先に進まないことがこれからもある。出会いがあれば別れもある。

積まれた経験はかならずその意味を持つ。無意味な経験などあり得ないのだから。ひとまわり強く逞しくなってほしい。

13年間、我が家へ癒しを与え続けてくれたラッキーの冥福を心から祈念し、追悼としたい。

ありがとうラッキー、またどこかで逢おう。



2011年7月31日 (日)

Family Photo II(小戸・ヨットハーバーにて)

子供たちが小学生だった頃に、家族で出かけた小戸公園でのスナップ。ヨットハーバーになってる湾内の砂浜で遊ぶところを撮った。逆行のため、原画はほとんどシルエット状態であるがPhotoshopでかなりオーバー目に処理、幾分かの色を起こせた。このようにカラーネガの場合、広いラチチュードが救いとなる。ポジの場合はまず無理な話だ。

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写真左上に係留中のヨット、遥か彼方には可也山(通称・糸島富士)が霞んで見える。

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2011年7月21日 (木)

川端ぜんざい

長男と次男を連れて、中洲川端に行った。目的はキャナルシティだったのか、中洲の映画館で映画を見るのかだったのかは記憶にない。
山笠の時期以外でも、飾り山を常設しているところがある。山笠奉納先の櫛田神社と、ぜんざいを供する川端ぜんざいの店舗奥である。
この日は川端ぜんざいを親子三人で食べた。そのときの様子を一通り記録していた。その中のワンショットがこれだ。

Family_photo_0049背景の飾り山に登っているのが次男である。この店では緋毛氈を敷いた長椅子が用意されていた。真紅の緋毛氈とぜんざいの漆器、これをモチーフにワンショット。

今思えば子供たちはよくぞ、親父のリクエストに応えてくれたものだと感謝している。

 

Family Photo I

次女が小学生、次男はまだ幼稚園に上がる前か。
きまぐれ親父のリクエストに応えて、モデルになってくれた。
早良区脇山、背景に油山を。
勢いを増す稲の成長と、昆虫探しの姉弟をモチーフに、このシチュエーションを考えた。

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2011年5月 1日 (日)

掃除機

GWで帰省中
帰省前から家内への母の日贈り物、何にしようかといろいろ考えていた
今朝、部屋掃除していて掃除機を見た
ずいぶんと使いこなし年季も入っていた
掃除機にしよう、と思った
朝、家内に「家電量販店へ行こう」と誘った
Dデオ~Y電機と回り、家内が「これがいい!」っと言って指差したのを
贈り物とした
ほんとに喜んでくれた
自宅に戻りさっそく試運転開始。
けっこう、盛り上がった。
よかった

2011年4月24日 (日)

光と遊ぶ

家族でよく行ったシーサイド百道で夜、親父の撮影に子供たちが協力してくれた。小学生の頃だ。懐かしい。

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Photo

2011年1月23日 (日)

「お父さん、これ」

昨年末、帰省したときのこと。長男から、
「お父さん、これ」と言ってきれいにラッピングされたプレゼントを受け取った。
「へー、なんやろ?」と思って開けてみると何と中から出て来たのは
ソニーのデジ一眼だった。しかもダブルレンズセットだ。
「えーっ、ありがとう!」と長男に礼を言うと、
「これ、僕たちからお父さんに。父の日も何もせんかったけん、プレゼント」
嬉しかった。子供たちからの贈り物。
突然のことだったので驚き、感動した。胸が熱くなった。
彼女彼らが稼いだお金で私へプレゼント。
言葉に言い換えられない重さを感じる。
ありがとう。
良い写真撮るからね、大事にするからね。
ありがとー。

2010年12月26日 (日)

デジ一眼、来たーっ

我が家にデジ一眼camera、来たーっcamera
子供たちからの思いもかけないプレゼント
感動的ドキュメントは後日!
Photo

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