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2013年8月

2013年8月24日 (土)

夕張線・紅葉山駅を発車する「D51320号機」

夕張線・紅葉山駅である。
D51 天に届かんばかりの黒煙を昇らせ、D51320はゆっくりと発車した。辺りの山間にこだまする汽笛、吐き出すドレイン、ドッ・ドッ・ドッ・ドドッ。一定のリズムで動輪が回る。三脚を据え、カメラを構えた場所に次第に近づく。まるで鉄道模型のレイアウトのような世界だ。耳朶に残るドラフト、こだまする汽笛、遠い夏の日の記憶。

Minolta SRT-101+135mm/F3.5 Neopan SS、1975年夏・夕張線紅葉山駅

岩見沢第一機関区「D5160」を撮る

1975年当時の所属が岩見沢第一機関区ということだが、この撮影場所が果たしてその機関区であったのかどうか自信無く、追分機関区だとばかり思っていた。D5160号機、ナメクジドーム機である。
ご覧の通り、撮った場所とアングルは貴重だ。
D5160a この台を何と呼ぶのか?点検台?清掃台?
後方には投入されたDL機(DD51か)やD51が見え、背の高い照明塔も見える(空の白さに埋もれてしまったが)。

Minolta SRT-101+55mm/F1.4 Neopan SS、1975年夏・室蘭本線岩見沢第一機関区?

2013年8月17日 (土)

追分機関区1975夏(扇形機関庫)

1975年夏、初の北海道渡道。
全国唯一、残された僅かな蒸気機関車営業路線に、私は友人とともに九州・博多からやって来た。
新幹線、北陸本線、青函連絡船、函館・室蘭本線と乗り継いで。
初めて訪れた追分機関区、区内立ち入りの許可を貰い、扇形機関庫を撮影。
わずか2枚の写真しか残っていないのが残念だ。しかも露出に失敗し、庫内がほとんど潰れている。2_2
しかし、デジタルの威力は凄いの一言だ。シャドウ部を明るくすると、庫内の状況が蘇る。

2a_2
さらにもう一枚。

Photo_3
このアンダーなカットでも、デジタルの力を借りれば何のこともない。

A_2
扇形機関庫に十数両の機関車たち。中で憩い合う様子が見える。煙突の本数や、手前の転車台を見ても、規模の大きな機関庫だとわかる。

高校時代に写真部の部室を借り、懸命に潰れた箇所を起こそうと苦労しながら紙焼きしたことを懐かしく思いながら、現代の暗室作業の余りにも簡単なことに、言葉を無くしてしまう。

それでも、便利さを優先させ、上記二点をアップした。

Minolta SR-T101+28mm/F2.8 Neopan SS、1975年夏・室蘭本線追分機関区

2013年8月16日 (金)

日豊本線・宮崎機関区「C57109号機」

南国・宮崎、真夏の太陽、まだ午前中だというのに既にギラギラである。
機関区事務所で区内立ち入りの許可をもらい、職員のジャマにならぬよう気を付けているが、それでも機関車を目の前にした興奮は抑えきれなかった。
機関区内すべての機関車を撮り尽くすまでと思いながら、あちこちの機関車にカメラを向けた。
その中に門鉄デフも美しい一両が出発前のひと時を静かに過ごしていた。
先頭部に回ると頭上からの太陽が眩しい。
「そうだ、シルエットにしてみよう」と思ったが露出が難しい。ファインダ内TTLの針は太陽の明るさをまともに喰らって振り切れており、レンズのゴーストもまこと盛大に走る。そうしながら、シャッター速度を変え何枚か撮った中の一コマがこれである。

C57109b
ナンバープレートの質感が出て良い感じだ。周りの多少目ざわりなものも、この時の良き記録、撮った自分を誉めてあげたい。

Minolta SR-T101+55mm/F1.4 Neopan SS、1972年夏・宮崎機関区

2013年8月15日 (木)

日豊本線・宮崎機関区「C57117号機」

C57117号機の写真は唯一この1コマのみである。誠にもって残念なことだ。
1973年(昭和48年)4月9日・10日・12日、宮崎植樹祭が開催された際に日豊本線でC57 117が牽引した。最終日となる12日の運転区間は宮崎 - 延岡間で、これは蒸気機関車が牽引する最後のお召し列車となった。(Wiki)とあるように、日本国有鉄道史上、記念すべきカマであったのだが、日本の何処にもこのカマの姿はない。
現役時代のC57117号機、煙室扉からは生きてる証のように漏れ出る蒸気の痕跡。
1972年夏、博多から初遠征時の撮影。宮崎機関区には他のC57やC61が現役稼働中であり、まだまだ活気のある時代であった。

C57117
この撮影翌年の1973年4月、当時残存するカマを代表して、国鉄蒸気機関車最後のお召し列車牽引の栄誉に浴したのである。その役を担う緊張感はこの写真を見る限り感じないが、余程にカマの状態が良く、機関士たちの信頼が高かったのだろう。

Minolta SRT-101+55mm/F1.4 Neopan SS 1972年夏・宮崎機関区

2013年8月12日 (月)

還暦そして、抜歯する

昨8月11日、60回目の誕生日を迎え還暦となる。
60年間の感謝をしたくて、特老にお袋を訪ねる。
変わらずに元気そうなお袋に会い、ひとときの親子の会話を愉しむ。
92歳(12月で93歳)のお袋と60歳・還暦の息子。
「三十三の厄の時の子やけんね」が口癖のお袋。意味も判らず「ふーん」と聞き流していたが、それだけ大切な息子だということだろう。
ありがたいことだ。お袋の長寿に自然と感謝の気持ちになる。
嘗ての会話には程遠いが、それでも剽げた(おかしな、おもしろい、ふざけたの意)仕草と声に、涙を流さんばかりに笑い興ずる。それがありがたい。
日頃、家族の中では味合えない実の親子の会話とひととき。まさに自然である。
当たり前だが、お袋とのひとときは何の衒いもなく、繕うこともなく、ただ淡々としながらも、お袋の血筋を引く「ひょうげもん」の気性は何故か可笑しく、お袋にうける。いつまでもこのひとときが続くことを真剣に祈念するものである。

Vn:Mariko Senju(千住真理子)、Academy Of St. Martin In The Fieldsでバッハの「ヴァイオリン協奏曲BWV1043」を聴く。
Index_8
さて、抜歯である。
数週間前から右上奥歯が腫れ、噛むのが辛くなっていた。2週間くらい前から歯科医に通院しているが、昨日あたりから噛むに噛めず、嘗て経験したことがない痛みに一晩中寝苦しかった。今朝起きて開院直後に通院。歯科医に昨晩までの経緯と、現状を語り、自分から抜歯を申し出た。
医者は待ってましたとばかりに、速攻で抜歯した。(この歯科医は抜歯が好きなのか?)
久々に悲鳴を上げた。麻酔は効いていたらしいが、化膿している状態での抜歯なので、痛みは避けられないとのこと。ものの数秒で抜歯は終わった。抜かれた奥歯を見ると、当然ながら虫歯は一箇所もない。歯の周囲を黒く汚れが取り巻いている。
数年前に左上奥歯を抜歯して以来である。今はまだ、麻酔が効いているので抜歯後の疼痛は感じないが、麻酔が覚め始めると次第に疼痛がやってくるだろう。
これで残る歯は26本のはずである。虫歯もなく丈夫な歯が自慢だったが、丈夫過ぎていつの間にか歯周病(菌)に侵されるようになった。元来我が家は、歯が丈夫な家系。親父やお袋から、虫歯治療の話を聞いた覚えがない。歯が丈夫な分、歯茎に負担をかけたか、歯磨きや歯の手入れが雑だったか、歯科医推薦の歯の手入れや歯磨き法を軽く考えたか、いずれにしても過ぎた過去は取り戻せない。従ってこれからは、残る26本の歯を如何に存続させるかである。抜歯後の痛みが落ち着いたら、今度こそまじめに歯の手入れをするつもり。26本の歯をキチンとメンテして存続させたい。歯周病対策を徹底して行い、二度と抜歯せず生活できるよう、生活も改善したい。ただ、アルコールは止められないと思う、こればかりは。タバコはいい加減に止めたいものだが、後は強靭な自己管理並びに抑制能力を鍛え上げるのみ。

2013年8月 4日 (日)

TEAC A-H01 & YAMAHA NS-BP400 ユーザー・レビューI(器楽曲編)

今年2月下旬の導入以来すっかり、PCオーディオの世界に浸っております。以降、5ヶ月ほど経過したところで
USB-DAC: TEAC A-H01
20130804_82210
ブックシェルフスピーカー: YAMAHA NS-BP400
20130804_82349
のユーザー・レビューIとしたい。
音源は、リッピングしたクラシックCD(ALAC)を聴いてますが、以下の演奏時に秀でた性能を発揮します。
1.器楽曲
(1)ピアノ曲
(2)チェロ曲
これら器楽曲再現は秀逸です。上手いアーティストは聴く者をグイグイと引きずり込み、下手な演奏はバレバレになります。ピアノ曲は音場空間にリスナーを誘い込み、漂わせ、あたかもコンサート・ホールの椅子に体を沈み込ませているかのよう。鍵盤一つ一つ、音の粒が立っています。
マリオ・ジョア・ピレシュの弾くショパンの「ノクターン」は、私の体を沈めました。
1_2
一方、チェロ曲は、木製楽器特有の暖炉のような温もりと、床を這う低音部の唸りを感じます。バッハ「無伴奏チェロ組曲」を何種類か聴き比べた結果、ヤーノシュ・シュタルケル盤と、
Images2_2ピエール・フルニエ盤が双璧です。

3チェロの持つ、馥郁と香り立つ音場空間に我が身を横たえます。まさに音の世界です。仏様の説く生命・十界論にある、菩薩界と仏界との間を行き交う一艘の船に揺られるが如く、現世の垢にまみれた我が身でさえも、浄化してくれそうなほどに、ヒタヒタと両者の演奏は迫ってくるのです。

TEAC A-H01は、不要な味付けなど一切無くまさに素材(音源)を忠実に再現。何も足さないし何も引かないが、秘めたるパワーを温存しながら、この毅然とした姿勢が好ましい。或る意味、頑固親父風。

このスピーカー(NS-BP400)、時の経過とともに徐々に本領を発揮しだしたのか、次第に音の深みと奥行きを感じさせるようになった。しかも、楽器は目の前にある。これからがさらに楽しみである。

2013年8月 3日 (土)

Karajan 1970s、入手す!

5月初旬に予約、数回の発売延期Mail、そして遂に先日8月1日に、宅急便が我が家へ「Karajan 1970s」を届けてくれた。HMVへ発注した中で最長納期商品だ。
1 ボックス外貼りのチラシ?である。
CD88枚で発売済企画商品をCD82枚に再編した再企画商品である。
気になっていた再編(減った枚数分)がどうなされたのか?
チェックした限りでは下記内容のようだ。
Beethoven Symphonyの、No.4とNo.5、No.6とNo.7が各同一CDに統合。
Brahms Symphonyの、No.2とNo.3が同一のCDに統合。
Tchaikovsky Symphonyの、No.1とNo.2が同一のCDに統合。
R.StraussのSymphonic Poem「Tod und Verklarung」等が同一のCDに統合。
更にもう1枚のCDに統合された作品があるようだが、探しきれない。まあいいか、って感じになる。
それ程にこの企画は素晴らしいし、所有満足度が高い。
先の企画商品「Karajan 1960s」も高い満足度を得たが、今回はそれを凌ぐ内容と手応えである。

この企画商品の魅力は何と言っても、LP発売当時のオリジナル・デザイン・ジャケットを踏襲してるところであろう。そのことが「所有満足度」を一気に高めているのだ。

1960年代、ベルリン・フィルを指揮するカラヤンには或る種、やっつけ的な振る舞いを感じるが、それから10年以上も指揮し続けたベルリン・フィルとは、日常の空気のような間柄になったのか、極めてナチュラルであり、全くの自然である。謂わば、体の表と裏の関係か。頭にある脳みそと体全体の機能が渾然と一致した、所謂一体化であろう。

入手したばかりの今日現在、さすが全曲を聴いたわけではないが、上記コメントは恐らく外れていないだろう。

暑い今年の夏、一枚一枚丁寧に聴き込むに絶好のプレゼントGetである。

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