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2013年7月

2013年7月29日 (月)

Great Works For Cello & Orchestra (Mstislav Rostropovich)を聴く

Vivaldi: Cello Concerto In C, RV 398 - 1. Allegro
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再生回数56回。僅か3分10秒の短い曲でありながら、印象に残る名演だ。
Great Works For Cello & Orchestra (Mstislav Rostropovich)、というアルバム冒頭の曲だが、何度聴いても聴き飽きない。と言うことは所謂、名曲&名演ではないか。1978年のアルバムとあるので、ロストロポーヴィチ51歳の演奏か。
私のライブラリ中、最多再生回数曲は、Bach: Orchestral Suite #1 In C, BWV 1066 - 1. Ouvertureの79回。Karl Münchinger: Stuttgart Chamber Orchestraの演奏で、2012年12月27日以来この回数を超える演奏は未だにない。
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早朝、と言っても夜明け前に目覚めて、聴いていて徐々に心が高揚、しかも爽やか、そんな曲であり演奏だ。

2013年7月24日 (水)

クラシックのライブ演奏を考察する

シャルル・ミュンシュ。
ベルリオーズの「幻想交響曲」はかなり有名だ。
その「幻想交響曲」を、シャルル・ミュンシュ指揮パリ管弦楽団の演奏で、スタジオ録音盤と1967年パリ・ライブ盤の2枚を聴き比べた。
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スタジオ録音盤でも超名演と謳われた組み合わせ、これをライブで聴かせてくれた。
鳥肌モノである。
これを聴きながら私は、あのライブ盤を想い出していた。
カルロス・クライバー指揮バイエルン国立管弦楽団の演奏「ベートーヴェン・交響曲第4番」のライブ盤。
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第4楽章を演奏しきったあと一瞬の静寂、それから俄に沸き起こる拍手、ブラボーの雄叫び、そしてスタンディング・オヴェーション。数分間に及ぶオヴェーションは私が嘗て経験したことのないほどの衝撃です。「1982年5月3日、カルロス・クライバーとバイエルン国立管弦楽団は“カール・ベーム追悼”と銘打ったマチネー・コンサートをミュンヘンの国立劇場でおこない、ベートーヴェンの交響曲第4番と第7番を演奏して大成功を収め」ており、「私にとって、レコーディングにOKを出すことは常にある種の恐怖を伴うことでした。しかし、バイエルン国立管弦楽団との今度の演奏は、大いなる喜びを持って私がレコーディングを承認することを可能にしてくれました。
 我々は、耳に訴えるこの“スナップ・ショット”に対し、いかなる化粧も施したくありませんし、どんな小さな修正も加えたくなかったのです。実際、どのような批判に対しても、私たちは反論する根拠を持っています。
 生命力を耳から感じ取ることができる人達にとって、これほど心をこめて、自信を持って、また精霊に導かれるかのように楽しげに演奏を聴かせてくれるオーケストラは、バイエルン国立管弦楽団を置いてほかにないとすら断言できます。本当にありがとう!」と、クライバー自身に言わせしめるほどの内容だったのだ。

本来アーティストは、ライブでの出来にエネルギーを割くものだと私は考える。緊張感、熱気、後戻りができない、先へ進むしかない、多少の演奏ミスなど些細、等々。恐らく、スタジオではあり得ない異様とも表現すべき世界が展開するのではないか。そうとしか思えないライブ盤、これからもこのような手応えある演奏に出会いたいものである。

2013年7月21日 (日)

マリア・ジョアン・ピレシュで「シューマン」のピアノ協奏曲を聴く

なめらかな起伏を描きながら気負いもなく、しかも深いピアノの音色を感じる。やはりこの人は、ピアノが上手いのだ。
指揮・クラウディオ・アバド、演奏・ヨーロッパ室内管弦楽団を曲の背景として、マリア・ジョアン・ピレシュの弾くシューマンのピアノ協奏曲。いつしか彼女の全集が出ることを期待しつつ、今は1枚1枚をじっくりと鑑賞したい。
Index0_2 1997年録音のDG盤である。

2013年7月14日 (日)

夕張線でD51を撮るII

久々の蒸気機関車写真upだ。

夕張線で撮ったのだが、区間名不詳(というか記憶に無い)。幌内線撮影時同様、雨中の撮影であることは間違いがない。ただ、傘をさしていたのか帽子&タオルの頬被り状態だったのか、全く記憶に自信がない。夕張線の何処かの跨線橋から正面及び追っかけのカットである。機番D51349、ギースル・エジェクタの煙突だ。現在、長野県岡谷市に静態保存と聴く。

空のセキを牽いてD51はやって来た。
D51 跨線橋通過後、後方からもう一枚。
D51_2D51牽引の貨物列車は、軽快にクランク音を響かせながら彼方へと走り去っていった。

Minolta-SRT101+55mm/F1.4 Neopan SS 1975年夏 夕張線(撮影区間不詳)

マリア・ジョアン・ピレシュで「バッハ」のピアノ協奏曲を聴く

マリア・ジョアン・ピレシュの弾くピアノで、バッハの「ピアノ協奏曲」を聴く。モーツァルトやショパンの作品が多い彼女の演奏の中でも、珍しい作品かと思う。
マリア・ジョアン・ピレシュのピアノ、ミシェル・コルボ指揮・リスボン・グルベンキアン財団室内管弦楽団の演奏で、1974年の録音である。
Index_14 このピアニストは基本、上手いのだ。バッハに関しては他に演奏した作品を知らないので一概には言い切れないが、柔らかなタッチは独特のものだ。モーツァルトのソナタ全集や、協奏曲などの録音を始めた30歳前後の頃から、彼女は本領を発揮し出したのか。それは恐らく、彼女の得た天分なのであろう。

2013年7月13日 (土)

マリア・ジョアン・ピレシュで「モーツァルト」のピアノ協奏曲を聴く

マリア・ジョアン・ピレシュのピアノで、モーツァルトのピアノ協奏曲を聴き比べた。
1972年、テオドール・グシュルバウアーの指揮、リスボン・グルベンキアン財団室内管弦楽団の演奏で「ピアノ協奏曲第21番」。
1976年、アルミン・ジョルダンの指揮、ローザンヌ室内管弦楽団の演奏で「ピアノ協奏曲20番」。ジャケットの彼女が若い、まるで少年?のようだ。1944年生まれだから、28歳〜32歳の頃か。
Index_7ピアノ協奏曲のジャケットはこちら。
Index_2

1993年にイタリア・ボローニャでのライブとなった、クラウディオ・アバドの指揮、ヨーロッパ室内管弦楽団の演奏で17番と21番。当時、49歳の頃だろうか。アバドの表情にも若さの面影が残る写真だ。

Indexそれにしても上手いピアニストである。悠々と引き語っているところが凄い。それぞれの伴奏が彼女のピアノを盛りたてる、と言った作品に仕上がっている。恐るべし、ポルトガルのピアニストである。

 

2013年7月11日 (木)

マリア・ジョアン・ピレシュで「ショパン」のノクターンを聴く

この人のピアノタッチは、雨垂れだ。
岩を穿つ勢いのある雫ではなく、ピチャピチャと岩にはじけるタッチだ。
はじけた雫が心に滲み入る、そんなタッチだ。
1_2 彼女の弾くショパンのノクターン、珠玉のアルバムである。
朝も、晩もいつ聴いても「あ、いいな」と感じる出来である。
モーツァルトもいいけど、ショパンは更に良い。
ひょっとしたら、ポリーニよりも良いのか?

2013年7月 9日 (火)

マリア・ジョアン・ピレシュで「モーツァルト」のピアノ曲を聴く

北部九州地方は昨日、「梅雨が開けたとみられる」と気象台は発表した。昨年より15日早いそうな。開けた途端、いきなりの30℃超え(最高気温34.3℃)の猛烈な暑さ、呼吸するのが苦しくなるほどである。アスファルトは高温の風を起こし、噎せ返る。いよいよ本格的な夏の到来か。
こんな暑さで参りそうな日にはこれ、モーツァルトがいい!
Maria João Pires(マリア・ジョアン・ピレシュと読むそうな)のピアノで「モーツァルト」のピアノ曲を聴いた。
Index_5 ピアノ・ソナタ K.309, K.332, K.570
Index0 同じくK.551, K.331(トルコ行進曲) K.457

1944年ポルトガル生まれの彼女、7歳でモーツァルトの協奏曲を公開演奏したというから驚きだ。9歳で、ポルトガル政府から青少年音楽家に与えられる最高の栄誉を受け、1970年ブリュッセルでのベートーヴェン生誕200周年記念コンクールで首位。この間に、個人的にヴィルヘルム・ケンプの薫陶を受ける。1970年代には、デンオンと契約してモーツァルトのソナタ全集を録音した。(Wiki)
今は70歳近くの高齢者であろうがCDジャケットの彼女は、円熟感漂う笑顔が素敵だ。
気持良く聴かせるモーツァルトだ。23年ほど前の録音であるが気負いとか衒いもなく、弾きこなしを感じさせるピアノだ。暑い夏の朝には良い!と思う。

2013年7月 7日 (日)

母の生命力

一昨日、母を見舞った。
肺炎で入院し入院先の病院で大腿骨骨折、おまけに同室患者から出た結核菌に感染の疑いも出て、入院期間が随分と長期化したが、施設の自分の部屋に戻り幾分落ち着いた様子。しかしながら、やはり一回り小さくなった。入れ歯を外したことで口元がくぼみ、いわゆる婆さん顔になってしまった。
しかし、母の生命力は驚異的だと思う。一日の殆どを寝ているであろうが、食欲が落ちないのがスタミナ維持の要因か。元来、母方は長寿の家系、その中でも90歳超えは私の母のみである。8人の兄弟は母と弟と妹の三人が存命中だ。皆、70歳80歳の長寿兄弟である。
母の92歳はやはり際立って、長生きのモデルのようだ。息子として自慢の母である。
日頃祈念する一つとして母の長寿、健康、無事故。写真もアップしたいが、それは息子の心のライブラリの中にしまっておきたい。
_0044 紫陽花は土質によって色が違うと聞く。この色はどんな土質によるのであろうか。撮影したこの日は朝から小雨模様、カメラを構えた時にちょうど雨は止んでいた。
佐賀県神崎郡 2000年頃の梅雨時期 Minolta-α9000+28/70G+ストロボ Fuji Velvia

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