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2013年6月 5日 (水)

父の命日

Ii 脊振山中に咲くミツバツツジ
Minolta-α9000+80/200APO Fuji Velvia 2000年代初頭 佐賀県脊振山中

今日6月5日は父の32回目の命日、来年は33回忌を迎える。昭和57年の今日、父は霊鷲山へと旅立った、享年60歳。その父と同じ年を迎える私。
父は亡くなる一年ほど前から、体の異変に気づいていたようだ。父の残した「備忘録」にそのようなことを書き残している。・・・左下腹部にシコリのようなものが・・・とある。
自宅からさほど遠くない総合病院に入院したのは春先3月頃か。5月の連休頃に手術して約一ヶ月後、父は急逝した。父が亡くなる前日、私は父の病室を訪れ、これから長崎に出張することを伝えた。「気をつけて行って来い」と手を上げた父が私にかけた生前最後の声となり、姿となった。おどけて敬礼した父の様子は、今も私の脳裏に鮮明に残っている。まさに「グッバイ」だった。

連れ添いに先立たれ一人毅然と生きた母も今年92歳、4月以来未だ病院に入院中である。4月上旬に肺炎の疑いで市内の総合病院に入院、肺炎そのものはヤマを越え体温も36℃台の平熱を維持しているが、5月の連休に入る前に「左足大腿部骨折」で整形外科病棟に移動し入院続行。更に先日担当医からの説明で、母が肺炎で入院中の同室者の喀痰から結核菌が検出されたとのことで今後2年間を目処に、接触者検診(定期的なレントゲン検査等)が必要となったとのこと。なんとも割り切れない状況となってしまった。

ここで一つ懸念することがある。病院側が母(患者家族)宛に出した「結核検診のお知らせ」に記載の発行年月日は“平成25年5月17日”とあるにも関わらず、患者家族への説明が行われたのが5月31日である。説明をしたいと入院病棟の看護師からの連絡を受けたのが5月29日でしかもいきなり。中身のことには触れずただ「先生の説明があるから」とだけであった。

患者家族への説明が何故2週間もなされず放置されていたのか、全くもって杜撰であり対応が遅いと言わざるをえない。発行日の頃は母が大腿部骨折療養中で、その後、母の見舞いに病院には何度も訪れていたにもかかわらず、である。この点だけでも病院側から誠意ある対応を得ているとはとても感じられない。このような対応をされると一事が万事、と思わざるをえないではないか。

肝心な母の退院についてだが、担当医の説明では6月中を目処に、とのこと。92歳の高齢の母にとって楽な話でも状況でもないのである。今年3月にインフルエンザで初入院以来、災難が続いているがもういい加減、この辺でピリオドを打ちたい。

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