« 2013年4月 | トップページ | 2013年6月 »

2013年5月

2013年5月28日 (火)

Kindle Paperwhite導入と初のユーザー・レビュー

Amazon.comで、Kindle P. W.を購入。その初レビューである。
我が家のPC(iMac)と同期?させて種々設定完了。Kidle本ダウンロード第1号の松本清張著「点と線」を使って以下のとおり記載した。
Img_0479 電子書籍リーダーの便利なところは、文字のサイズを大↔小、行間を広く↔狭く、余白を広く↔狭く、フォントを明朝↔ゴシック等、環境・体調?に合わせて変えられることろだ。普通はこれ↓
Img_0480 それが↓
Img_0481 画面左上をタップすると「Aa」メニューを表示、それをタップすると
Img_0482 「フォント」メニューに変わり、フォントを「ゴシック」から「明朝」に変えたり、好みのサイズの「Aa」をタップすると、
No5
というように、リアルタイムに変更してくれる。
No7 右綴じの本であれば左端を、左綴じでは右をタップすれば次頁を表示する。先頭ページに戻るも簡単だ。勿論、縦書き表示を横書きに、またその逆も簡単。他にもいろいろ設定変更可能で、慣れてくるととても使いやすい。
バックライト液晶ではないので、目が疲れにくい。なんでも「e-Ink」とやらで、構造的には頁を真上から照射し読みやすい明るさにしているようで、結果的に読みやすく疲れにくい。
当方のように、ベッドに横になりスタンドの灯りで読書、といったスタイルの人種には格好の読書ツールである。試しにスタンドを点けずにkindleで読書してみたが、確かに目が疲れない。文字サイズ変更と行間がリンクしていて、広がったり狭まったりで、非常に便利なツールだ。
購入前はiPad mini等のタブレット端末を検討したが、当方本来の購入動機の第一番が読書であるため、このツールはまさに第一番の目的達成に極めて貢献大である。

2013年5月26日 (日)

福岡天神岩田屋1990年末の夜景

フィルムのデジタル・データベース再編成化を目的に、フィルムの整理を始めたところ懐かしい一コマが出てきた。というより、以前のスキャン化時にパスしていたものであるが、今見れば懐かしいショットだ。
1990 拡大すると建物の垂れ幕に「'90お歳暮大ギフト・・・」と見える。また、スキーバスツアーの広告には「S・K・I '91」と読める。かれこれ23年前のワンカットだ。家族連れでドライブしていた頃で、この夜は子供も連れて天神に行ったことを思い出した。どこへ行くにもカメラ持参の頃だ。天神コア前に三脚をセット、目一杯の低位置からアングル・ファイダを覗きリモート・レリーズを切ったようだ。
なんとも懐かしの写真だ。

Minolta-α9000+28mm Fuji RDP 1990年12月 福岡市中央区天神

2013年5月24日 (金)

ブログ「福岡タワーとの対話」新規開設のご案内

私のライフワークの一つ、福岡タワー撮影作品のブログを開設しましたのでご案内します。ブログのアドレスは下記の通り。
http://blog.goo.ne.jp/chimao_fuku
興味のある方はお立ち寄り下さい。

2013年5月20日 (月)

「chimao_fukuのブログ」見直し時期か。。。

2010年12月の開所以来約2年半経過したところで、当「chimao_fukuのブログ」を見直す時期が来たように思う。
当ブログのテーマとして目指したchimao版「新日本紀行」も、一定の役割を終えたかと言える。と言えばかっこ良すぎだが、増えすぎたカテゴリーに当ブログ開所当初の方向性とミスマッチを感じるようになったと言うのが本音である。
この2年半に書き起こした記事を時系列で読めることは大変にありがたいことである。日記では得られない自分の足跡を、写真付きで振り返ることができるのがブログの持つ役割の一つであり、その時々の自分史を見ることも出来る。
記事の中にはその時の自分が抱く心情を吐露した内容もあるが、それも時間とともに変化している。
ただし便利さのあまり、カテゴリーが増えすぎると単なる雑記帳になりかねない。当ブログにその傾向が見られるようになったことが、見直しを検討する一因である。
表現の場としてブログの持つ役割は大きい。インターネットを介して自分の意見を瞬時に不特定多数の読者に配信される。読者の価値観は十人十色で、同感の人、反対の人、どちらでもない人一様に、配信される情報を得ることができ、その選択肢は当然読者側にある。
価値観は各人の生まれ育った環境と生活空間、更には周りの人間関係に大きく影響されながら、形成されていくものであろう。また年齢を重ねることも価値観を変化させる要因ともなりうる。

2年半に書き起こした約380件の記事には、まさに変化していく自分自身が投影されており、当時の自分を読み解くことができる。

投稿した記事をカテゴリー別に数値化してみると下記のような円グラフになった。「日記・コラム・つぶやき」の19%はある意味当然として、「クラシック」「福岡タワー」が共に16%、「背振とその周辺」15%、「蒸気機関車」10%と、それぞれの記事で全体の76%を占めている。

Photoこのグラフから、ひとつの共通点を見出した。それは手持ちの情報量が多いカテゴリーを積極的に記事として投稿していることだ。ある意味当然かもしれないが、特定のカテゴリーに夢中になった時期に記事が集中している。

30歳代後半から集中して撮影した風景写真はすべてフィルム写真だが、それら大量のフィルムをせっせとスキャンし、デジタル・データベース化した時期がある。そのデータを毎日のようにブログにアップしたことが、上記の結果に出ている。福岡タワー然り、背振とその周辺然りである。後日、紙焼きした写真が出てきたことでフィルム同様にスキャン・デジタル化した、蒸気機関車をアップした時期もある。

更に、1年ほど前からクラシック鑑賞を再開(20歳代にハマった時期があった)し、PCオーディオを始めたことから、クラシックの記事投稿数が増えた。ブログに記事を投稿する場合、記事を形成する情報の中身と量が投稿意欲を維持する重要な要素となるのだろう。

興味をもつ情報に欠く時は投稿意欲も空疎になり、ブログをアップする間隔が開いて来る。

長くなってしまった。以上のような理屈で、当ブログの見直し時期が来たと思う次第である。見直しの結果については改めて報告したいと考える。

2013年5月19日 (日)

KARAJAN1960sについて

予約していたカラヤンのCDボックスセット「KARAJAN1960s」が先週、届いた。

商品紹介に「KARAJAN 60 カラヤン1960s(82CD) 60年代にDGが制作したカラヤン・アルバムのコレクション オペラ以外の全録音を網羅」とある。発売時のLPオリジナル通りに再現されたジャケット・デザインが嬉しい。

以下CDナンバリング順に

R.シュトラウス・交響詩「英雄の生涯」

Karanajrstraussein_helde_leben

ブラームス・ハンガリー舞曲集&ドヴォルザーク・スラブ舞曲集

Karajanbrahms_dvorak

リスト・交響詩「マゼッパ」、ハンガリー狂詩曲etc

Karajanlisztmazeppa 等々、当時のLPジャケットをCDサイズに縮小したオリジナル・デザインは見ていても愉しい。いずれも高品質録音でアナログ時代の柔らかなステレオである。作品リストをみるに作曲家の時代に偏りがなく、カラヤンのレパートリーの広さには今更ながら驚く。

中でも興味深く聴いたのがJ.S.バッハの、ブランデンブルグと管弦楽組曲であった。ベルリン・フィルのフル・オーケストラが奏でるバッハの音楽は、空間に広がり聴くものを包容する。日頃聴き慣れたリヒターやアーノンクール指揮する小編成の室内楽団が絹の肌触りとすれば、カラヤンとベルリン・フィルのそれは「ベルベット」と形容しても過言ではなかろう。

J.S.バッハ「ブランデンブルグ協奏曲No.1〜No.3」

Karajanbachbrandenburg_no13

J.S.バッハ「ブランデンブルグ協奏曲No.4〜No.6」

Karajanbachbrandenburg_no46

J.S.バッハ「管弦楽組曲No.2〜No.3」

Karajanbachorchestersuiten_no23

 

CD82枚全曲聴くにはかなりの時間を必要とするがしかしそれは、贅沢な「ベルベット」に包まれた、鑑賞の時空間に身を浸す至福の時、と感謝したい。


2013年5月18日 (土)

山本一力著「五二屋傳藏」読了す

Photo

山本一力著「五二屋傳藏」読了。

図書館予約後ひと月ほど待たされた甲斐があった山本一力作品新刊、私の好きな江戸市井モノである。特に下町・深川界隈か。

日頃の面々は取り敢えず舞台のソデに控え今回の作品、てきや・水晴れ組若い者頭、傳藏初登場である。縁ある人の急逝で五二屋(ぐにや、質屋)伊勢屋当主となった傳藏と伊勢屋襲撃を画策する賊一味との知恵比べも面白い。嘉永六年(1853)6月、ペリー提督率いる黒船艦隊の放つ空砲に開国を迫られ右往左往の幕府。そんな時代背景に物語は展開する。


一件落着の読後感は星3+(ちょっと甘めかな)。筆慣れた感じの時代・場所・人の動き等々、やはりこの著者には似合いの時代物である。

 

2013年5月11日 (土)

母の入院III

背振山中に咲くミツバツツジである。北部九州でも珍しい群生地であるが、山中深いところにある事が群生を今に至らしめたものと思う。容易に人が入らなければ自然は保たれるのだから。

_0021

Minolta-α9000+80/200APO Fuji Velvia 2000年初夏 佐賀県脊振山中

肺炎で入院の母はその後、微熱も治まり峠を越し平熱に戻ったが、今度は左足大腿部を骨折していることが判り急遽、整形外科病棟へ院内移動した。看護師長の話では、下着を替える際に左足膝上15cmが赤く腫れてるのが判り、整形外科での検査結果、骨折と診断したとのこと。外科手術前で、患部をギプスのようなもので固定している様子。師長は「骨折に気が付かず申し訳ありません」と詫びていた。

高齢者の骨折と外科手術はかなりな負荷がかかり、体力的なダメージが大きく、更に車椅子での移動も容易にできなくなる事から、しばらく様子見となるのではないか。いずれも担当医との協議が必要で早急に話し合いを持ちたい。

母はこれまで骨折など全く無く、ここに来て一気に事が頻発していている。先月中旬の肺炎での入院以来かれこれ一ヶ月近くかかっている。特養の施設側も入院等で三ヶ月以上施設を空けるとなると、施設を退所するなどいろいろ面倒な事になるようで、母の状況を担当医と相談した上で、近日中に特養施設側と協議しなければならないようだ。

今後の事も考えて、これまでの経緯を時系列化しておきたい。

1)3月上旬、特養施設にてインフルエンザに罹り、近くの総合病院に初入院。約10日間入院後退院。

2)4月上旬、特養施設にて入浴介護中に車椅子からずり落ちたとの報告。外傷等怪我無く無事とのこと。

3)4月中旬、特養施設から朝から37℃台の熱があり、施設の看護師の診断では肺炎の疑いがあり、入院が必要との連絡あり。結果、3月とは別の総合病院で検査の結果、肺炎と診断そのまま入院。

4)5月上旬、肺炎による微熱も治まり平熱に戻るも、今度は大腿部骨折となり整形外科病棟へ院内移動し現在に至る。

先日見舞った際、母は寝ていた。昼から気温が上がり病院内はまだエアコンが入っておらず、病室の窓が開いていた。すこし湿ってむっとするべたついた感じの蒸し暑い午後だった。

私の手元にこれまでことあるごとに撮って来た母の写真があるが、昨年の5月に撮った母と今の母とではかなり様子が違う。一回り小さくなっているし、明らかに老いている。92歳は高齢に違いないが老いのテンポが急速化している。息子として今出来ることは何だろうか。母の長寿と健康、更に現状の早期全快を祈念する以外にないのだろうか。

2013年5月 5日 (日)

2013年GW、晴天続きの日々

今年のGW、晴天続きで紫外線もかなり強くなった。博多どんたくは220万人の人出で賑わったようだ。5月の3日と4日、例年であれば降雨のどんたくとなるが今年は好天であった。いよいよ新緑、私の好きな季節となった。

既出画であるが新緑・若葉で揃えてみた。
_0003 いずれも下から見上げてのショット。
Photo 枝の形が面白い。
_0001 一枚一枚に透けて見える葉脈、若葉には勢いのある生命力を感じる。
Photo_2 背振の森の中には至る処に年月を重ねた老木を見るが、いずれも新緑の季節には見事な若葉で覆われる。そこに新旧の世代が同居する自然の不思議を見る。

Minolta-α9000+80/200APO Fuji Velvia 2000年頃・佐賀県脊振山中

2013年5月 4日 (土)

母の入院II

肺炎で入院した母はその後、体温37℃台後半で推移していた。入院1週間は絶食、栄養源を全て点滴で補う状況であったが徐々に回復の兆しを見せ、現在では微熱ではあるが37℃台前半で推移し、点滴から介護食に戻った。食欲が旺盛なせいか元気になり、顔色も幾分戻ったようだ。病院側では食欲がいいのが最も体調が良くなる要因とのこと。何にも増して食が体調復活に直結しているのだ。医食同源とはこのことか。
手元に1年前の写真があるが比べるまでもなく、随分と小さくなった。自宅介護から2011年10月1日に特養入所以来、お袋は一回りも二回りも小さくなった。自宅介護中はお袋の存在を身近に感じていたが特養入所以降、距離感もあるが会うたびに小さくなっていくのがわかる。自宅介護中は家の中にお袋の声、息遣い、気配を身で感じていたが、入所してからは日常の中にその気配が薄れて行った。随分と家内には苦労をかけた。その分、家内には思う存分に毎日を楽しんでほしいと思う。お袋の介護に家内の自由を割いた時間は取り戻せはしないが、幾許かでも充実した生活を味わってくれたらと思う。それしか母の息子である自分に出来ることは無いのであるから。長男の嫁として我が家に嫁いでくれた家内には、感謝してもしきれない有り難さを痛感する。

息子として今の心情をイメージした写真「風薫る」。

Photo

今回の入院以降お袋を撮影していないが体調回復し、退院時に笑顔のお袋を撮ることをイメージしている。

Minolta-α9000+80/200APO Fuji Velvia 2003年春 福岡市中央区舞鶴公園

2013年5月 1日 (水)

日豊本線・宮崎機関区「C6120号機」III

日豊本線・宮崎機関区内、C6120号機右サイドからの撮影。静かに佇むC6120号機の横顔は、甲冑を纏い合戦を控えた若武者の面構えにも見え頼もしい。
C6120 デフ表面に物語る年月の痕跡、現役当時ならではの素顔である。何の脚色も無い極めてナチュラルな表情、営業運転開始以降日々の風雪の中で刻まれたシワ。観光用途化した復活蒸機に持ち合わせないものである。余剰となり長駆、東北から移籍した数両のC61群。ここ九州・宮崎機関区が最後の活躍の舞台となった。文字通り風雪の北国から南国宮崎へ、終焉を迎えるには願っても無い路線ではなかろうか。軋む体を暖かい南国・宮崎の太陽の下で癒して欲しいものだ。

Minolta SRT-101+55mm/F1.4 Neopan SS 1972年夏・宮崎機関区

« 2013年4月 | トップページ | 2013年6月 »

2014年2月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28  

時計

  • 初心者でわかるFX
フォト
無料ブログはココログ

ぽちっと