« 2012年12月 | トップページ | 2013年2月 »

2013年1月

2013年1月31日 (木)

Jazz Pianoを聴く

聴き覚えのあるピアノ曲が聴きたくて「Best of Jazz Piano」を聴く。往年の名曲が揃った所謂、スタンダード・ナンバーのオムニバス盤である。
Images Teddy Wilson, Hank Jones, Bud Powell, Bill Evans, Wynton Kelly, Erroll Garner, Oscar Peterson, etc.
錚々たるピアニストの名が続く。歴史的演奏ということもあり、多少古い録音・モノラルもあるが、聴き流す感じでリラクゼーションにいいかもしれない。
クラシックに聴き疲れた時、気分を変えるにはちょうど良い。
今日は月末、明日からいよいよ2月だ。年度末に向かい、仕事も佳境に差し掛かる。気を引き締め、スパートをかけるときが来た。

2013年1月26日 (土)

MJQを聴く

久方ぶりにJazzを聴く。
MJQ。
Images The Last Concert The Modern Jazz Quartet、2枚組。2時間半弱のコンサート・ライブだ。
CDに「Live at Avery Fisher Hall, Lincoln Center  November 25, 1974」とある。Jazzを聴くのは本当に久しぶりで、結構新鮮な想い。今夜はこのままジャズに浸り、時を味合うことにした。

2013年1月23日 (水)

急性腸炎に罹ってしまった、それでもクラシックを聴く

一昨日の明け方から、どうもお腹の調子がおかしかった。鈍痛が続きそれで目が覚めたりして。トイレで下痢が始まり、その後はベッドとトイレの往復だ。熱が一瞬出たようで、後頭部から首筋にかけて汗が滲んできた。ネットでいろいろ調べた結果、急性腸炎もしくはノロウィルス、の症状に似ている。下痢もそのうち白濁したほとんどが水状に変わった。昨日から何も口にしていないのだからそうだろうな。
止む無く今日は仕事を休んだ。家内も心配してくれて近くの医者の診察を受けることに。体温36℃と血圧120以外に計ることも無く、医者の問診だけだった。結果は「急性腸炎のようです。ノロウィルスの可能性もありますね」とのこと、以下、医者のアドバイス。下痢止めは飲まない方が良いです、腸内のものを出してしまった方が良いです。
食事は、胃腸に負担のかからないおかゆとかうどん、パンの柔らかいとことかにして下さい。
冷たいものは避けて下さい。ヨーグルトも避けて下さい。水分補給が欠かせませんが、温かい湯冷ましなどにしてください(ポカリスェットをレンジで温めのホットにして飲んだ)。2、3日で良くなりますよ。とのことだった。
ノロウィルスの可能性もあることから、家中の私が触れた箇所を徹底して消毒・除菌した。トイレ、便座、ドアノブ。手洗いも丁寧に2回以上しっかりと洗い、タオルも別にした。この日のお薬は1種類(ラックビー)。
20130123_000538
1日3回毎食後30分以内に4〜5時間間隔で服用して下さいとのこと。
1昨年のこの時期、私はインフルエンザに罹ったがその時は大量の投薬を渡された。毎年冬に、風邪で体調不良になったりしたが、腸炎は初めてである。しかし、どちらかというとお腹は弱い方で、よく下痢をする。だから今回もそうなのかなと思ったが、症状が長引きちょっと変だと思った。家内の言った通り医者に見てもらって少し安心した。
体調が戻るまでもう一日、様子を見ようと思う。今日はほとんど横になっていた。

こんなとき、やはりカラヤンであろう。ちったあ元気をもらいたいから。
51jqf85tcgl チャイコフスキー「大序曲1812年」、豪快にぶっぱなす大砲の轟音が気持ちいい!

2013年1月14日 (月)

冬の夜に、フォーレ「歌曲集」を聴く

エリー・アーメリング(Elly Ameling)の独唱、ダルトン・ボールドウィン(Dalton Baldwin)のピアノ伴奏で、フォーレの歌曲集を聴いている。コロコロとした歌唱力で歌い上げるアーメリング、付かず離れずのボールドウィンのピアノ。しんとした冬の夜に、何故だか良く似合う。
Indexそろそろ寝静まる時間の夜には、ソナタや独唱が心地良い。

この作品を撮影したときも、周りの雪に吸収されてかほとんど何も聞こえなかった。ただ、流れ落ちる渓流の水音だけが唯一であった。慎重にピントリングを回し、プラスとマイナスに前後0.5の露出補正をかけながら3コマ。氷結に閉じ込められたシダを捉えた。
_0006Minolta α-9000+80/200APO Fuji RDP 1998年冬・佐賀県脊振山中

1999厳冬の背振にて

外は昨夕からの雨、気温6℃。冬の夜更けにValery Afanassiev(ワレリー・アファナシエフ)のピアノでバッハの平均律クラビーア曲集を聴いている。
51wmfdccbbl_sl500_aa280_
緩いタッチのピアノがしとしとと降る雨音に調和している。雨の夜はピアノが良い。
今日は三連休の最終日、明日からまた仕事だ。何をした訳でもなくなんとなく休みが終わろうとしている。読書があまり進まず、読む本はデスクに積んだままになっている。部屋の掃除でもするか。

1999_201301141999年の冬は結構寒かったのだろうか、写真のストック画像を見ていると冬に背振で撮影した作品が多い。上記の作品もその中の一コマ。色温度が高く全体に青みがかっている。35mmフィルムで撮った写真だがトリミングしてみたら、中判サイズになってしまった。これもご愛嬌だ。流れ落ちる渓流のしぶきが岩に凍りつき、見事なつららの造形を見せてくれた。

Minolta-9000+80/200APO Fuji Velvia 1999年冬・佐賀県脊振山中

2013年1月13日 (日)

孫、帰る。そして、ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」を聴く

年末から帰省していた長女親子が今日、旦那の元へと戻って行った。長女親子が居なくなった我が家は、再び家内と長男の3人になった。ぽっかりと開いた空間と静かなリビングは、シーンとした静寂な風景となった。まもなく1歳の誕生日を迎える孫、歩き始めた顔の表情は豊かになり、時折発する大きな声が、成長の著しさを物語っていた。今度はいつ帰省するのやら。家内と交わす言葉も少なく、お互いに孫のことを考えていたのではないか。我が家での初孫の存在感は大きいと実感した。

ウラディミール・アシュケナージのピアノ、アンドレ・プレヴィン指揮ロンドン交響楽団でラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」を聴く。
Index_3 なんと儚く、流麗なピアノであることか。ラフマニノフを聴く回数は少ないのだが、時折聴きたくなる。鋼のようなタッチのリヒテルとは違う、聴く者を包み込むおおらかさを感じる。

_0001 厳冬の背振山中にて撮影した霧氷である。気温が氷点下まで下がった早朝、タイヤチェーンを装着して背振山へ。9合目付近まで来ると美事な霧氷群に出会えた。三脚の位置からは距離があるためマクロが使えず、望遠ズームで。背景との重なりは致し方ない。しかし、ここ背振で霧氷を捉えた意義が大きいと。一冬で何度のチャンスがあるのだろうか、その限られたチャンスに出会えた幸運に感謝したいのだ。

Minolta-α9000+80/200APO Fuji Velvia 2002年冬・佐賀県脊振山中

2013年1月10日 (木)

「氷結」この時期、好きなワンショット

正月明け寒暖の日々、今日は寒かった。思い出すのは厳冬期の背振だ。三脚・カメラの重い機材を背負い、あの頃はよくも登ったものだと我ながら呆れる。年齢とスタミナがそうさせたのか。
その中でこの一コマは想い出だ。タイトルは「氷結の乳房」。なんとなく乳牛の乳房を彷彿させる。
_0008 イメージとはよく言ったもので、見る時々で印象が異なるものだ。

Minolta-α9000+80/200APO Fuji Velvia 1998年冬・佐賀県脊振

2013年1月 3日 (木)

夕張線・紅葉山駅進入のD511119

旧・国鉄夕張線紅葉山駅に進入するD511119号機、給水塔が懐かしい。このD51もギースル・エジェクタ【オーストリアウィーン工科大学の教授、アドルフ・ギースル・ギースリンゲンが開発した。開発者の名にちなみギースル・エジェクタと呼ばれ、オーストリア国鉄で多く採用された。(Wiki)】に改良した煙突だ。1975年夏当時、限られたSL走行路線での撮影で、この日も何人かのSLファンが撮影に来てたが、ほとんど言葉を交わした記憶がない。みな、撮ることで一杯だったのだろう。
D51Minolta-SRT101+55mm/F1.4 Neopan SS 1975年夏・北海道 夕張線紅葉山駅

2013年1月 1日 (火)

「謹賀新年」2013年・巳年黎明

2013年謹賀新年、私の干支、巳年の朝だ。ここ数年でもっとも寒い新年ではないか、只今の外気温は1℃である。
音楽を聴きながら深夜からずっと読書していた。我が師のドキュメンタリーである。J・S・バッハ「管弦楽組曲」、カール・ミュンヒンガー指揮シュトゥットガルト室内管弦楽団盤である。実に清々しい。久々に聴いた。
418y3h4eywl_sl500_aa300_
お正月にピッタリの旋律、宮城道雄の「春の海」的情緒と同類の響きを感じる。今年の正月休みは暦の関係で9連休となったが、ずっと寒い毎日が続く。せめて景気だけは暖かみのある一年となってほしいものだ。

Photo福岡タワー黎明期の頃である。周辺に建物も無く、道路整備にようやく目処のついた頃ではなかろうか。街路樹もまだ細々としており、点在する街路灯が目につく程度だ。今のタワー周辺とは比べようもない程に、荒涼とした時代であった。
“嗚呼、黎明は近づけり”とのメロディが聴こえてきそうな朝であった。

Minolta-α9000+28/70G Fuji RDP 1980年代初冬 福岡市早良区百道浜

« 2012年12月 | トップページ | 2013年2月 »

2014年2月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28  

時計

  • 初心者でわかるFX
フォト
無料ブログはココログ

ぽちっと