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2012年8月

2012年8月26日 (日)

室蘭本線・追分機関区「転写車台上のD51」

転車台(ターンテーブル)上のD51、追分機関区での一コマである。煙突はキースルエジェクタと呼ばれる形状だ。真夏だが制服姿の職員は、北海道とはいえ暑かったことだろう。
D51
Minolta SRT-101+28mm/F2.8 Neopan SS 1975年夏 室蘭本線・追分機関区

2012年8月18日 (土)

室蘭本線・追分機関区「39679号機」

追分機関区の庫内で撮影した形式入りナンバープレートの96である。この39679号機はその後、国鉄最後の仕業に付いた蒸気機関車として名を残した。撮影当時そのようなことがわかるはずも無く、数少ない形式入りナンバープレートが貴重だったからであろう。筑豊本線ではよく見かけたが、北海道仕様の96は新鮮に見えた。スノウプラウは寒冷地ならではの仕様だ。
39679大正時代から長い年月走っている機関車にしては大切に使われているようで、手入れが行き届いている。この翌年、日本の国鉄から一旦、すべての蒸気機関車が姿を消すことになる。
Minolta SRT-101+55mm/F1.4 Neopan SS 1975年夏・追分機関区

2012年8月14日 (火)

1975年夏の釧路駅

二人の友人と共に、札幌から根室本線で釧路まで移動した。二人はほとんど観光、私は蒸気機関車の撮影。目的は違ったがはるばる九州の博多から北海道へやってきた。大学3年の夏休みだった。
バイト先で知り合った仲間だが、北海道行きの計画を語ると二人の友人が「俺、まだ行ったことがないから一緒に行きたい」と言い出し、私たちは貯めたバイト代で博多駅のみどりの窓口で「北海道周遊券【学割】」を購入した。周遊券の代金が幾らであったか記憶にない。
道内では再会の日時と場所を決め、私は撮影のため単独行、彼ら二人はそれぞれ目的の観光地へ行った。その中で唯一、札幌から一緒に行ったのが釧路だった。何故釧路なのか、その理由を全く思い出せない。当時、根室行き夜行急行寝台があり、宿泊費を浮かすためにその列車に乗ったのかもしれない。周遊券は急行の自由席に追加料金なしで乗れたからだ。
釧路の先の厚岸という駅で一旦下車し、近くの高台に登り二人の写真を撮ったり、札幌へ戻る列車の中でカニを喰った以外は憶えていないし何故、厚岸に行ったのかもわからない。下の写真は釧路で下車し駅前の食堂での食事後、駅に戻る時撮った一枚だ。写真には年代を感じさせるカローラ。北の真夏日、釧路駅。
1975_Minolta SRT-101+28mm/F2.8 Neopan SS 1975年夏・釧路駅

2012年8月13日 (月)

日豊本線・宮崎機関区「C6120号機」II

C6120号機

平成の今、誰が復活を予想しただろうか。

1973(昭和48)の夏、初めて訪れた宮崎の地で私はこの機関車と出会った。

鹿児島でC57牽引する客車発車、志布志機関区でC11、都城でC56、宮崎でC57C61を撮り。。。そんなノリで出かけたのではないか。九州一周周遊券(学割)チケットを手に友人の弟を連れ、博多午前零時前発夜行急行「かいもん」に乗車し一路鹿児島へ。撮影以外にはお金を使わないギリギリの予算で出かけたのだ。エアコンのない車内は蒸し暑く、窓から入る風はベッタリとして肌にまとわりついて眠れない中に迎えた朝、長距離急行「かいもん」は鹿児島の地に到着した。

鹿児島駅でC57牽引の客車発車シーン、志布志機関区でC11、都城でC56、宮崎でC57の撮影までは計画通り順調だった。その夜遅く着いた宮崎では、駅前の旅館に投宿。

翌朝、大淀川鉄橋で日南線のC11牽引客車走行シーンを撮る予定が駅前旅館で爆睡してしまい、宮崎駅を発車する機関車の汽笛で目を覚ます失態。

日南線の客車はとうに出発してしまい、呆然とした状態で朝飯を食ったようだ。計画は「いとも簡単に崩れてしまうもんだ」と妙に感心してしまった。緊張と知らない土地での戸惑い、そしていつの間にか蓄積した疲れ。それやこれやで寝過ごしてしまった訳で、目的果たせず足取り重く出かけた先が宮崎駅だったのだ。当時の駅員さんは姿を見れば写真を撮りたいSLファンだということをすぐにわかってくれて、機関区への道順を優しく教えてくれた。そして出会ったのがC61であった。

C6120_2  

Minolta SRT-101+55mm/F1.4 Neopan SS 1972年夏・宮崎機関区

 

2012年8月12日 (日)

59歳を迎えたジイジ、孫と遊ぶ

昨日、59歳の誕生日を迎えた。30歳のとき中途採用で入社、定年まであと1年。今の会社にこれほど長く勤めようとは、夢にも思わなかった。
入社当時はモノが売れていた時代、今は売れるモノが少ない時代。ほとんどの商売、一筋縄で立ち行かなくなった。私の勤務先では、ほぼ5年サイクルで買い替えられる商品を販売しているが、そのサイクルが6年、7年と長くなって来た。
販売台数を追うビジネスから、売上高と利益最優先のビジネスに転換した。市場が熟し、縮小しているのだから、台数指向と市場のミスマッチが起きるのは当然として、この市場で商売をする他社も、顧客の囲い込みに躍起である。
自社の顧客を守るのは当然であるが、守り続けるだけの魅力を顧客から求められる。その応酬に耐える策があるのか、そう簡単には答が見つからないのだ。

さて、お盆休みに入り長女が孫を連れて帰省した。孫は可愛い。59歳のジイジはなにもかも忘れて孫と遊ぶ。至福の時である。
Dsc00616

2012年8月 4日 (土)

室蘭本線・夜の追分駅構内

今日も暑い一日であった。ここ数年の夏は、全くもって暑すぎる。しかも期間が長い。気温35℃超えが当たり前のようになったのは、地球環境が加速度的に激変しているからなのだ。これまでの繁栄優先のツケがまわってきたのだ。
さて、この1975年の夏、朝から晩まで機関車を撮っていた。
その中、追分駅構内で夜間・バルブ撮影の一コマである。
9600
三脚の立ち位置からして、構内の中に入り込んでいるようで、よくも撮影を許可いただけたものだと思う。夜間撮影はこれっきりで他には何も残っていない。構内を照らす照明灯の明かりがレールに反射し、お気に入りの一枚である。
Minolta SRT-101+55mm/F1.4 NeopanSS、1975年夏・室蘭本線 追分駅構内

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