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2011年11月 2日 (水)

ラッキー、逝く

昨日11月1日、13年間我が家の一員として暮らしていたゴールデン・レトリバーのラッキーが逝った。人間の年齢に換算すると96歳とか。長生きしてくれた。
ひと月ほど前から足腰が急に弱り、ほとんど歩けない状態が続いていた。
1階のリビングで横になったまま。それでもまだ多少は食べ物や水を口にしていたが、数日前からあまり口にしなくなった。

我が家に帰ると少しだけ顔を上げて私を見ていた。お帰りなさい、と言っていたのだろう。

単身赴任で家を空け、たまに帰省するたびに見るラッキーの衰えは明らかだった。たまにみるから変化を感じたのだろう。

9月帰省の時は寝床の2階から降りて、飼い主の長男や家内と散歩に出かけていた。

それが階段を上れないということで、10月からは1階のリビングで横になっていた。何度か散歩に出かけたようだが、それも次第にできなくなりずっと横になるようになった。

96歳と言うと大往生だったと言うべきだろう。長い間、我が家へ癒しを与えてくれたことに感謝したい。

飼い主の長男が仕事から帰宅した昨夜、ラッキーを見た瞬間長男は、大声で号泣した。長男が私の前で号泣したことはかつて記憶に無い。長男が中学生の頃、ラッキーは我が家へやって来た。それ以来長男は、ラッキーと一緒に寝ていた。

ラッキーの逝去を昼間知った長男、自宅に帰ってそれまでこらえていたものが一度に吹き出したのだろう。

しばらく泣き続けた長男、かける言葉も見つからずなるにまかせていた。

肉親同様にかかわっていたものの死に初めて直面した長男、その全てを知る術は親でも持ち合わせていない。しかしこのことは長男にとってはひとつの経験だ、もっともっと乗り越えなければ先に進まないことがこれからもある。出会いがあれば別れもある。

積まれた経験はかならずその意味を持つ。無意味な経験などあり得ないのだから。ひとまわり強く逞しくなってほしい。

13年間、我が家へ癒しを与え続けてくれたラッキーの冥福を心から祈念し、追悼としたい。

ありがとうラッキー、またどこかで逢おう。



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