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2011年11月

2011年11月26日 (土)

チャリで福岡市立図書館へ行く

今日は自転車で福岡市立図書館まで出かけた、福岡に戻って以来初めてだ。自宅を出てマイカー道路を走り、その後は都市高速の下を室見川沿いによかトピア通りへ、自宅から図書館まで15分程度か。土曜日でお天気にも恵まれ駐輪所は一杯だ。今日の目的はクラシックCDと本を借りること。福岡市の図書館はCDの貸出もありだ。単身赴任先・大分の県立図書館にもCDがあり館内で鑑賞することは出来たが貸出はしていなかった。

今日借りたのは

ジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管弦楽団でチャイコフスキー交響曲第5番
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クルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団でシューベルト交響曲第9番「グレート」

の2枚。貸出は2枚までだ。

先ほどまでチャイコフスキーを聴いていたがなかなか、若さを感じる音だ。今はシューベルトを聴いている、ゲバントハウスは暖かみを感じる音だ。まだまだじっくりと聞き込んでみたい。

本は山本一力著「銀しゃり」

中公竹義著「100円ノート超メモ術」

office for Mac 2008の3冊を一緒に借りた。「銀しゃり」は再々読んだが通勤電車内で読むのにちょうどいいかなと思って借りた。

図書館周辺の木々の葉はだいぶ散っていた、秋も急ぎ足で終わろうとしている様子。次回はカメラを手にして来てみようかと思った。下の写真は随分前に撮った福岡市立博物館である。

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2011年11月13日 (日)

薄陽差す日曜の午後、母を訪ねる

日曜の午後、2週間ぶりに母を訪ねる。
時折薄陽が差し、風もなくほどほどの天気だ。
施設の方から「カーディガンをお持ちください、それとコーヒーとミルクもお願いします」と言われていたので一緒に持参する。
2週間ぶりに訪問、食事の後で入所者の方はほとんど自室で休んでおられた。
車椅子に乗った母はロビーのテレビの前に一人で、うつらうつらと居眠りしていた。
職員の方が母に声をかけようとしたが、そのままにしていただいた。
車椅子を押して母の部屋へ行った。
時折目を開け「お腹空いたよ、ご飯食べとらんよ」と何度か繰り返した。時間的にも昼の食事が済んで間もない。
いつものアピールだ。
「あんた来とったと、もうどこへも行きなさんなよ、ずーっとここにおんなさい、会いたかったー」と言った。これもいつものセリフだ。
母の一言ひとこと、一つひとつの所作、顔の表情、笑い顔、すべてを脳裏に焼き付けている。
記録のつもりで携帯写真を撮る。親子の空間、いつもながらに気が休まる。母と子、もう60年近く付き合っている。交わす言葉が少なくても同じ空間に居るだけで今は満足している。

自宅介護中は家内に随分と面倒をかけた。本当に献身的にやってくれた。今、その恩に報いるため少しずつ感謝の気持ちをお返ししている。
昨日はマッサージをしてあげた。これからももっとお返しして行きたい。

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2011年11月 3日 (木)

続・タワーとその周辺(愛宕山から見る夜明け前のタワー)

タイトル「タワーとその周辺」が20回を数えたことから、続編を「続・タワーとその周辺」とのタイトルとした。
西区愛宕山から夜明け前の福岡タワーを撮らえる。福岡ドーム(現・ヤフードーム)は完成前、シーホークはまだ見当たらず、都市高速も延伸前だ。この後タワー周辺では、次第に建築ラッシュを向迎える。次々とビルが建ち始め周辺は様変わりして行くのだが、この頃はまだタワーが一際目立つ時代であった。
はるか福岡都市部も高い建物が見当たらない、建物が高層化して行く黎明期の頃だろう。
時間はゆっくりと流れすぎ、人も気忙しくない時代だった。町が眠りから覚める前のすこしけだるい空気が漂っていた。


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2011年11月 2日 (水)

ラッキー、逝く

昨日11月1日、13年間我が家の一員として暮らしていたゴールデン・レトリバーのラッキーが逝った。人間の年齢に換算すると96歳とか。長生きしてくれた。
ひと月ほど前から足腰が急に弱り、ほとんど歩けない状態が続いていた。
1階のリビングで横になったまま。それでもまだ多少は食べ物や水を口にしていたが、数日前からあまり口にしなくなった。

我が家に帰ると少しだけ顔を上げて私を見ていた。お帰りなさい、と言っていたのだろう。

単身赴任で家を空け、たまに帰省するたびに見るラッキーの衰えは明らかだった。たまにみるから変化を感じたのだろう。

9月帰省の時は寝床の2階から降りて、飼い主の長男や家内と散歩に出かけていた。

それが階段を上れないということで、10月からは1階のリビングで横になっていた。何度か散歩に出かけたようだが、それも次第にできなくなりずっと横になるようになった。

96歳と言うと大往生だったと言うべきだろう。長い間、我が家へ癒しを与えてくれたことに感謝したい。

飼い主の長男が仕事から帰宅した昨夜、ラッキーを見た瞬間長男は、大声で号泣した。長男が私の前で号泣したことはかつて記憶に無い。長男が中学生の頃、ラッキーは我が家へやって来た。それ以来長男は、ラッキーと一緒に寝ていた。

ラッキーの逝去を昼間知った長男、自宅に帰ってそれまでこらえていたものが一度に吹き出したのだろう。

しばらく泣き続けた長男、かける言葉も見つからずなるにまかせていた。

肉親同様にかかわっていたものの死に初めて直面した長男、その全てを知る術は親でも持ち合わせていない。しかしこのことは長男にとってはひとつの経験だ、もっともっと乗り越えなければ先に進まないことがこれからもある。出会いがあれば別れもある。

積まれた経験はかならずその意味を持つ。無意味な経験などあり得ないのだから。ひとまわり強く逞しくなってほしい。

13年間、我が家へ癒しを与え続けてくれたラッキーの冥福を心から祈念し、追悼としたい。

ありがとうラッキー、またどこかで逢おう。



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