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2011年10月

2011年10月30日 (日)

秋の長雨・母を訪ねて

一昨日の金曜日以来の雨、傘を差して出歩くのも鬱陶しいが、土曜日の昨日は午後から市の図書館へ。借りていた本を返却し、再発行してもらった貸出カードで5冊借りた。山本一力もの3冊、池波正太郎もの2冊。一度は読んだ本なのだが気楽に読めるのが良い。
図書館利用のおかげでここ数年、新刊書を購入することが少ない。
自室でのんびりと過ごす時間ほど贅沢なものはない。好きな時間にPCを触り、寝転がって本を読む。至福である。

特養老人ホームに母が入所してひと月足らずが過ぎた。母に会いに行くのは週一のペースで週末がほとんどだが、ホーム方面に行ったついでの平日も覗いてみた。
行くとパジャマを着た母はお昼寝の最中だった。というより終日、うつらうつらとしているようで。食事の際は車椅子に乗り、名前シールが貼られたテーブルの場所で食事しているようだ。その後はロビーで他の入所者の方と寛いでいるのか。
ベッドに横たわる母のそばに行くと、浅い眠りから目が覚めた様子で「あら、あたしの息子、会いたかったー」と言う。「もう、どこにも行かんと。ずーっとここにおんなさい」といつものセリフで迎えてくれる。
パジャマの袖を手にして「あたしが縫うたと」と言う。長年、和裁師として身を立てていたことでもあり、和服の袖と思い込んでいるのか。はじめは勘違いの言葉に違和感と驚きと寂しさを感じていたがこの頃は、私に語りかける母そのものに感謝している。
物言いのあちこちに未だに残る飯塚弁、すこし高めのキー。肉声が聴けて表情も動作もライブそのもの、そのことを体感できることに感謝している。長生きしてくれること自体に感謝だ。
母方の家系はみな長寿、ほとんどが80歳越えだ。母は更に90歳越えの記録保持者、母の息子として本当にありがたいことだ。もっともっと長生きして記録を更新してください、かあちゃん。

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2011年10月29日 (土)

続・背振とその周辺(実りの秋)

タイトル「背振とその周辺」が20回を数えたことから、続編を「続・背振とその周辺」とのタイトルとした。

この年も豊作だったようだ。長雨、酷暑、毎年のように繰り返す異常気象。しかし、額に汗する農家の尽力と、この案山子のおかげで実りの秋を得ることが出来たようだ。

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背振とその周辺XX(錦秋の空)

紅葉を求めて椎原から沢へと入り、室見川源流への道を辿る。鬱蒼と茂る杉木立の中を左右にカーブしながら勾配のある道を登る。
開けた運転席側の車窓から渓流の音が聞こえ、少しヒンヤリした空気が車窓から入る。
右に開けた場所まで来ると鮮やかな色が目に飛び込む。見上げるとそこには、錦秋の空があった。

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背振とその周辺XIX(柿の木と白壁の土蔵)

秋晴れの日、たわわに実った柿の木を見つけた。白壁の土蔵が似合う風景だ。おそらく何十年も使い込まれたのだろう、風雪に耐えながらも一部の壁がはげているがそれでも立派な倉である。
背景に竹林と大きな柿の木、日本の風景だ。プレハブの小屋には吊るし柿ともタマネギとも見えるのが干されている。
陽の差す角度から、午後ではないか。日がな一日撮影しての帰り道だったのかもしれない。脇山から椎原への途中での一コマである。

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2011年10月22日 (土)

タワーとその周辺XX(雲飛ぶ夕景の中で)

20年以上前1980年代後半〜1990年代前半のショット。百道浜(現・シーサイドももち海浜公園)の街路灯が点在する夕景。右にマリゾンが見える。樋井川河口の防波堤付近から撮ったのだろう。タワー周辺にはこれと言った建物がまだ何も無かった時代だ。

この時代の夕焼け、何故これほどまでに美しかったのだろうか。風の強い晩秋か初冬の夕方だったのを記憶する。フード付きのウインドブレーカを着用し、顔に当たる風が冷たかったのを思い出した。当たる風にブレないようにと、ガッチリ目の三脚を立て、28mm-70mmズームを使ったようだ。

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現在ではここから見る周辺の景色も随分変わったことだろう、近いうちに訪れて時の流れを確かめてみたいものだ。

小さい秋

久しぶりの更新だ。
転居以来、PCの環境整備進まず今夜やっと落ち着いた。
住居二階にPCをセット、一階から無線LANで飛ばしている。B社製の無線LANルーターも随分と安くなり、博多駅Yバシカメラで3,300円也プラス10%ポイント。自宅近辺には多くの無線LAN環境があるようで最初はルーターを認識せず、チャンネルを変更し無事接続完了した。落ち着いてPCに向かえることがこれほど良いものかと、改めて実感している次第だ。
今夜は「小さい秋」と題して写真をアップした。

Photo

どこで撮ったのかは記憶にないが、スキャンしたポジの中でもお気に入りの一コマだ。

2011年10月14日 (金)

秋雨一日

朝からずっと雨だ。
気温も上がらず多少肌寒い。昨日今日と赴任休暇をいただいている。この二日間は読書三昧である。
昨日、久しぶりに近くの市民センターへ。区の図書館がある。利用カードもとっくに期限切れで、再発行をお願いした。正規のカードができるまで暫定的に使用する利用券を発行してくれた。
区の図書館なので蔵書数もこぶり、コンパクトな数だ。規模の大きな市立図書館もあるが当面はここで間に合う。ほしい本はリクエストもできるし取り寄せてもくれる。
文庫本のコーナーで山本一力ものを5冊借りた。
江戸の市井に生きる商人町人の出番だ。気を張らず肩を楽にして読めるのがありがたい。ここ何日かはこれでOK、あとは引越しで持ち帰った荷物の整理だが、一気にやるのもいいが時間はあるのでぼちぼちと片付けたい。
今夕は友人等と会食だ。この町にある魚市場に水揚げされる新鮮な魚が食べられる居酒屋で、久々の乾杯だ。止みそうにない雨のおかげで、一元の客が少ないことを期待して予約無しで行く。

2011年10月 8日 (土)

引越し完了

引越しが終わった。
この一週間、少しづつ片付けといて正解だった。
正味一時間ちょっとで荷物出しは終わり、不動産屋に明け渡した。
いまソニックで、博多に向け帰宅の最中だ。

引っ越し前夜

今夜は歓送迎会であった。この地を去る私と新任の担当者へ、会社の面々が開いてくれた会食会。有り難いことである。会場は行きつけの魚が美味しい居酒屋。店の店主も女将さんも別れを惜しんでくれた。
皆の会話も途切れることなく盛り上がったところで、心づくしのプレゼントを頂いた。
中を明けると電動の肩揉み機一式、タイピン、そして図書カード。嬉しい心遣いに感謝した。
終わって上司から二次会にお誘いを受け、街中の繁華街へ。そこでも大いに盛り上がり午前零時過ぎ、先ほど帰宅した。
自宅に戻れば現実が待っている。明日の引っ越し本番前夜、あらかた処分した後に残った、最後の荷物。少し時間をかけて整理したい。ちょっと酔いを醒まして作業開始だ。

2011年10月 7日 (金)

引っ越し準備III

電気ポット、電気オーブン、炊飯器、電気カーペット。箱入れして処分。
タオル、トイレと洗面所のフロアマット。
洗面所の小物類。
バージョンの古いCD。
昨晩は、居酒屋で食事の後に小一時間ほどの作業であった。なじみの居酒屋にお別れの挨拶。店主たちも一様に驚く。
私の会社でこの居酒屋を利用するものがいなくなるかも。そんな会話を交わしたかな。いろいろと様変わりして行く。景色も人も。

引っ越しの準備も佳境に入り、今日は古いPCをどうするかが課題。自宅から持ち込んで半年ほどで壊れてしまった古いiMac、さすがに不燃物に出すこともできないだろうし。また自宅に持ち帰りになるのか。
昨日から新しい担当者に引き継ぎ、今日がこの地で最後の仕事、そして当方の送別会。
出来ない作業は業者にまかせ、自前でできる範囲、準備を進めたい。
いよいよ、明日が引っ越し本番だ。

2011年10月 4日 (火)

引っ越し準備II

3)今夜はご近所の方と会食、なじみの居酒屋へ。よく食べよく飲みよく語らった。
帰宅後に待っているのは引越の準備II
電気オーブン、電気ポットを処分。PC周辺機器のスキャナを箱入れした。
昼間、時間を見つけてキャンピング用テーブルと卓袱台を勤務先に寄贈。春の花見時での活躍を期待する。

ここ何日かたまっていた衣類を洗濯、さきほど干し終わった。
随分、荷物が少なくなった。毎日、結構なペースで処分が進む。

明日は今日出来なかった水回りを攻めたい。トイレ、洗面所、お風呂。引越まであと4日だ。

引っ越し準備

4年ぶりに自宅に戻る時が来た。
一度にはとてもじゃないが片付かないだろうからと、日曜日以来、住み慣れたこの部屋の片付けを始めた。
単身の身ではあるが、意外にも所帯道具の多さに驚く。

処分するに迷うものもあるが、思い切って処分した。恐らく自宅では一度も使わないだろうし、置く場所にも困るだろうし。
部屋の中には少ないが、クローゼットの中には大量の荷物がある。収納することが役目の場所だから当然だが、出してみるとその量が多い。4年間かけて押し込んだとしか言いようがない。

それと、キッチン。流し台の下や食器を入れるスペース。更には料理道具、食材、調味料、その他、大量だ。

1)初日の日曜日は衣料用クローゼットとキッチン周りを攻めた。一部の調味料とここ数日使用する食器のみ残し、鍋類などの料理道具も一緒に全て処分した。
古いものやサイズに合わない衣料も全て処分。

2)昨夜は、もう一カ所のクローゼットを。
雑誌やカタログなどの書類、古い電気カーペット、毛布、夏用の古い衣料、折りたたみ椅子等々。

今夜は水回りを攻める。洗面所、トイレ、お風呂。タオル類は最小まで、マット類も処分する。

アナログのテレビとラックは業者に頼んである。片端から道具や荷物が減って行くのを見るとある意味、快感だ。

2011年10月 2日 (日)

母の入所

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ここ数年、ショート・スティ以外に家を空けたことがなかった母が昨日、ホームに入所した。
特別養護老人ホーム、所謂「特老」である。


大正9年12月生まれの母、連れ添いを失くし30年。

週に4日のディ・サービス、時々ショート・スティを利用していた母。


母の口癖は

褒めてやること

人の悪口言わんこと

いらんこと言わんこと、だ。

先週、その母の様子をビデオに収めた。


入所の日、昼食をとる様子、母と家内、そして母と私、順に記念写真を撮った。その後、昼食を済ませた母は居眠りしていた。


私の姉が来て間もなく、出発の時間になった。

居眠りの途中を起こされた母は不機嫌だった。

家内と私は母の両脇を抱え玄関へ。私の頭や顔を母は叩いた。

私は母の両足を、家内は両脇を抱え車の助手席に座らせ、シートベルトをかけた。ベルトが首にかかるよ、と家内が気遣ってくれた。


秋晴れの天気に恵まれ室見川の土手沿いを車は走った。開けた窓から秋の風が入り込んだ。母は相変わらず居眠りを続けていた。真っ白の母の髪が風にほつれていた。

信号待ちのとき、運転席の窓から子供たちの歓声が聞こえた。道路沿いの保育園で運動会の最中だ。私の子供たちの運動会にも母は必ず来てくれた。小学校の運動会には義兄も一緒に来た。幸いにも当時の写真が記録に残っている。

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車は施設に到着した。

待機していたケアマネージャーが車椅子を助手席まで押して来た。降りる時も母は毒づいた。ケアマネージャーの髪を掴み、悪口を言った。あんた誰ね、あんた好かん。

それが母なりの抵抗に見え聞こえ、少し辛かった。

施設が準備した部屋に入った。東の窓に明るい外の景色が見えた。


車椅子からベッドに降ろす時も母は毒づいた。

これからお世話になる担当の職員に、あんた好かん、あんた誰ね、と。髪を引っ張り頭を叩き。

職員は苦笑しながら、ごめんなさいね、と言った。申し訳なかったが咄嗟のことで言葉が出ず、何も言わなかった。

自宅で介護してくれた家内には想定内の様子だった。長年、母の介護をしてくれた家内。胸中の想いの全てを察することは不可能だが、母の入所を最も厳粛に受け止めたのは家内ではないか。


母の長年の介護に対して感謝しお礼を言った私の姉に家内は、最期まで自宅で介護できなくて申し訳ありません、と言った。私には出来すぎた家内だ。家内には感謝してもしきれない、私はその長年の労にこれから先ずっと報いて行きたい。それが私に出来る唯一の想いだから。


ひととおり入所の手続きが終わりもう一度母の様子を見たとき、母は寝ていた。時折、空中で拍手していた。いつもの癖だ。

本当にこれで良かったのかと思った。ここが母の終の住処になってしまうのだろうか、俺は不甲斐ない不肖の息子ではないのかと自責の念にかられた。


施設の玄関で姉と別れ、私たち夫婦は施設を後にした。家路の車内で交わす言葉も見つからないまま自宅に着いた。

主のいない母の寝室。部屋に漂う母の臭いがつい今し方までの時を蘇らせた。


ほぼ4年間、私は単身赴任で自宅を明けていた。たまに帰省すると、

帰ってきとったと?

もう帰らんでよかとやろ?

もうどこへも行かんとよ、あんたはここの跡取りやけんね。

もうずーっとここにおんなさい、あんたが帰ってきたとが本当に嬉しい、と言った母。

部屋に入ると母の言葉が聞こえたような気がした。もうどこへも行かんとよ。


母に会うためにこれからは、この部屋ではなく施設に通うことになった。

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