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2011年7月

2011年7月31日 (日)

Family Photo II(小戸・ヨットハーバーにて)

子供たちが小学生だった頃に、家族で出かけた小戸公園でのスナップ。ヨットハーバーになってる湾内の砂浜で遊ぶところを撮った。逆行のため、原画はほとんどシルエット状態であるがPhotoshopでかなりオーバー目に処理、幾分かの色を起こせた。このようにカラーネガの場合、広いラチチュードが救いとなる。ポジの場合はまず無理な話だ。

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写真左上に係留中のヨット、遥か彼方には可也山(通称・糸島富士)が霞んで見える。

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2011年7月30日 (土)

エビの唐揚げ

ビールを美味しく飲むため。その目的でネット上の某クッキングサイトで検索した。エビの唐揚げがヒットした。今朝、近所の市場で買い入れたひと掴み90円のエビでさっそくやってみた。
その時使用したクレイジーソルトが「いいね!」だった。エビを水洗いで汚れを落とした後クッキング・ペーパーで水分を吸い取り、クレイジーソルトと片栗粉を軽くまぶした。
やや高温の油で素早く揚げた。それがこれだ。

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結果、モノの美事に「ビールを美味しく飲む」ことが叶った。熱いうちに片っ端からばりばりサクサク、いやーっ、ほんと美味しかった。

とうもろこしII

土曜日の朝、さっそく八百屋へ向かった。朝穫れ野菜などが安価で並ぶ。やはり野菜は八百屋に限る。新鮮で安い、ついでに魚屋も覗いて小エビをひと掴み買った。90円!これは唐揚げしてビールを飲むためだ。
とうもろこしは皮とヒゲが付いたのを探す。ゆでる時に皮とヒゲは欠かせないのだ。
今日は値が上がっていた、1本148円。さっそく茹で上げたのがご覧の通りだ。

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今日のはとても甘くてプチプチ粒粒、そしてジューシーだ。びっしりの粒ぞろいでとても食べ応えがあった。ごちそうさまでした!

2011年7月28日 (木)

厳冬の背振山頂付近

しばらく降り続いた雪もようやく峠を越え、久しぶりに青空が顔を出した。タイヤにチェーンを履かせ、登れるところまでと思い背振山頂を目指した。早朝はさすがに他の登山者も少なく、道にもタイヤで圧雪されたタイヤ痕もなく意外とスムースに登れた。
山頂付近の駐車場に車を止め、山頂に向かっていると大型車のエンジン音が響いた。駐屯の自衛隊員が道路の除雪作業をしていた。
山頂レーダーに向かう路面はきれいに除雪された。
青空・レーダー・除雪車をワンカットでまとめてみた。周辺の林は見事な樹氷に一変していた。

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2011年7月27日 (水)

タワーとその周辺IX

ひさびさの、福岡タワーものである。
日の出直後の博多湾、夏の早朝、幾分よどんだ空気に塵が舞い上がったような博多湾上空にはちじれ雲点景。
広角28mmの歪曲収差がもののみごとに出たことで、タワーが斜めに伸びている。
この日の晴天を物語るような一日が始まった。

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1970.9.17鹿児島本線下りD51客レ発車

既出カットの前後作品である。作品と言えないものだが今となっては貴重、のひとことに甘えたい。
熊本から鹿児島本線下り八代方面へ本務機D51(655号機)牽引の客車列車である。これは全くのピンぼけと退色・カビのダブルダメージ・カットであるため、Photoshopにて待ったなしのグレースケール変換カットである。
客車の窓からは通学中の学生だろうか、やはりこの日は平日だったのだ。何故、平日に高校生の私がこの場所にいたのか、未だに思い出せない一日だ。とにかく夕方だったことは憶えている。右に国鉄職員の詰め所?からタオルを手にした職員も見える。

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2011年7月26日 (火)

うな重、美味ーいっ!

数日前スーパーで買ってたうなぎの蒲焼き、中国産のパック。国産(鹿児島産とか)は高くてとても手が出ない。中国産の特売品がせめてものハードル。
今日こそと冷蔵庫を開けると、パック品の賞味期限がなんと今日(7月26日)!
おーっ、ぎりぎりではないか!
しかも、中国産特有のゴムのような皮、固い身、そしてちょっとやな臭い。この3点を何とかクリアして美味しく食べたい!とそれだけを考えて、ネットの某Cookpadを覗く。
あるある!
レシピ通りにやってみた。結果、美味ーいっ!
ポイントは
(1)「蒲焼きに塗られたタレを丁寧に丁寧にお湯で洗い流す」ことだった。
洗い流した後はキッチンペーパーで優しく水分を吸い取り、いよいよ焼きに入る。
ここでのポイントは
(2)「小さじ2〜3杯の日本酒をうなぎにふりかける」ことであった。
焼いた後に皮がくっつかないように
(3)油(今回はオリーブオイルを使用した)を塗ったアルミホイルでうなぎを包み、オーブンで焼く。
(4)ほどよく焼けたのを見て、市販のタレをうなぎに塗り、身が見えるようにしてもう一度オーブンで焼く。

出来た!
炊き立てのごはんに蒲焼きを乗せ、少しタレを足し粉山椒をかけて、いよいよ実食。。。
「うーんっ、美味い!」「身がふわふわで柔らかーいっ」「とにかく、美味しーいっ」
どんぶりの底があっという間に見え、即完食!
レシピは大正解だ。ごちそうさまでした。
速攻完食のため、写真無しですヾ(_ _*)ハンセイ・・・

阿蘇とその周辺(高森・初秋の候)

以前既出の前後作品である。空気は限りなく乾燥し爽やかの一言。頬に当たる心地よい風も決して冷たくなく、暑くもない。

もっとも気持ちよい季節、初秋。しかも南阿蘇・高森はそれなりに標高もある。空気は澄み、風穏やか。幾分、西に傾いた太陽から健康的なエネルギーが燦々と。

サルビアを前景に、絵画的な雲を背景に、この日の根子岳はとても粋な姿を見せてくれた。

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「日本初ハドソン型蒸気機関車C61」12号機

今年、38年ぶりに復活したJR東日本のC61、日本初のハドソン型蒸気機関車である。過日、その復活に至る始終を映画の山田洋次監督が撮影し、吉永小百合がナレーションする番組をNHKが放映した。
軸配置(真横から見たときの車輪の配置)がアメリカ式でハドソンと呼ばれ、日本式呼称は2C2と呼ばれる。
「戦後、旅客輸送需要が急増し、戦時中製造がストップしていた旅客用機関車が急激に不足したため、国鉄は戦前に製造していたC57形、C58形、C59形の追加製造を行うことを決定した。しかしGHQの許可なしに新造ができなかったため、実際に新造できた両数が少なく、機関車不足を解消することができなかった。その一方で終戦により貨物輸送需要は逆に激減していたことから、苦肉の策として、余剰となっていた貨物用機関車のD51形、D52形を、旅客用機に転用改造することとなった」(Wikipediaより転用)機関車である。
全33両が製造され、全国各地で特急・急行旅客用優等列車を牽引した。
全国で急ピッチに無煙化が始まり、数々の優等列車は電機やディーゼル機関車に取って代わられたが、地方路線の一部客車用として数両のC61が生き延びていた。

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これは嘗ての国鉄・熊本機関区で撮影した現役時代のもの。1970.9.17熊本機関区で撮影、と箱に記入している。カラーポジであるが退色とカビでフィルムのダメージが大きく、致し方なくPhotoshopでレタッチした。
下はターンテーブル上の同機である。このカットも保存状態が悪くPhotoshopでグレースケールに変換している。しかし、今となれば貴重なカットであった。当時は機関区内での撮影に余りうるさく言われず、このようなカットが撮影可能な時代だった。これは私が撮影したC61型の最初で最後のカットである。

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Tower City Fukuoka IIIX(福岡サンパレス)

夕暮れのベイサイドプレイスを撮影したあと、同地点で福岡サンパレス方向を撮った。頭上を福岡都市高速が走る。タングステンフィルムの特性であるブルーの空気感を強調した。風が少なく、水面はほぼ凪の状態だ。

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2011年7月23日 (土)

とうもろこし

休みの昼下がり、小腹が空いた。買って来たトウモロコシを茹でてみた。
まことに美味であった。しかも甘い!プチプチと弾ける食感、とてもジューシー。粒のひとつひとつがしっかりと甘さとジューシーさを主張していた。
ネットの某CookPadのとうもろこしで一番人気のレシピに沿って、茹でてみた。なんと、今まで食べたのは何だったのか?!びっしりの粒々、中味もしっかり。

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こんなに甘く美味しいトウモロコシ、かつて食べたことがない。茹で方が良かったのか、素材が良かったのか。そのどちらでもあろう。
近所の八百屋(懐かしい響き!)でひとまず二本買ってみて、さっそく茹でてみたところとにかく驚く美味しさで、すぐに二本ともペロリ。すぐさま買い足しに走り五本(しかなかった)購入、添付の写真は二度目の茹で上りのカット。
まずは茹で立てを丸かじり。
次も丸かじり。
その次にはポタージュにしても最高か?

2011年7月22日 (金)

背振とその周辺XVI(梅雨明けの空)

遠く山の端にわき出す雲、真っ青な空。照りつける太陽、真っすぐに伸びる稲。
夏本番だ。
早良区椎原から板谷峠を越え、背振登山口・板谷集落への途中だ。四季を通じてほぼ定点的に撮影した場所でもある。訪れるたびに風景が変化している。特に田植えの時期から見ると稲の成長に驚く。稲は田植えから稲刈りまでの約半年で完結する。
毎年のことながら、自然への敬いは当然のことだ。風はそれほど感じなかったが、からっとした暑さに梅雨明けの空気が漂っていた。

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2011年7月21日 (木)

Mac OS X Lionへアップグレード

昨晩7/20、愛機iMacを「Mac OS X Lion」にアップグレードした。結果、デザインの変更などは何となくわかるものの、今までの「Mac OS X Snow Reopard」とどこがどう変わって、どんな便利さ等が得られるようになったのかが、今ひとつわからない。
読者諸兄で経験者がおありならば、コメントいただきたいものである。

川端ぜんざい

長男と次男を連れて、中洲川端に行った。目的はキャナルシティだったのか、中洲の映画館で映画を見るのかだったのかは記憶にない。
山笠の時期以外でも、飾り山を常設しているところがある。山笠奉納先の櫛田神社と、ぜんざいを供する川端ぜんざいの店舗奥である。
この日は川端ぜんざいを親子三人で食べた。そのときの様子を一通り記録していた。その中のワンショットがこれだ。

Family_photo_0049背景の飾り山に登っているのが次男である。この店では緋毛氈を敷いた長椅子が用意されていた。真紅の緋毛氈とぜんざいの漆器、これをモチーフにワンショット。

今思えば子供たちはよくぞ、親父のリクエストに応えてくれたものだと感謝している。

 

Family Photo I

次女が小学生、次男はまだ幼稚園に上がる前か。
きまぐれ親父のリクエストに応えて、モデルになってくれた。
早良区脇山、背景に油山を。
勢いを増す稲の成長と、昆虫探しの姉弟をモチーフに、このシチュエーションを考えた。

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2011年7月19日 (火)

背振とその周辺XV(涼を求めてII)

スッキリしない空模様だが、それはそれとしてこの天候に見合う景色もあるだろうと、この日も背振の上がった。ただ場所を思い出せない。三脚を立て、この渓流のそばにいるだけで随分と涼しかった記憶だけはある。

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2011年7月18日 (月)

阿蘇とその周辺(群青の空)

初秋の深夜、爽やかな冷たさを感じる空気に触れて明朝の晴天を確信した。昨晩準備した道具を積み込みながら、夜明けの時間を逆算し、出発の時を待った。
深夜の国道から高速に入る。眠気覚ましを兼ねてアマチュア無線用リグの電源ON。帯域をスキャンしながら交信中先を探査。プロドライバーの交信に耳を傾ける。どうやらローカル局と交信している様子、おなじみさん同士のようだ。
ブレイクを控えてメインの周波数に戻りCQをかけた。「CQ、CQ、こちらJN6×××、高速移動モービル。144.06で待機します」と呼びかけ応答を待つ。
「JN6×××、こちらはJA6×××。おはようございます」とフルスケールで応答がある。ロケーションが良いのか、はたまたかなり高いアンテナなのか。「JA6×××、JN6×××、了解です」と応答し、感度と現在地を報告。どうやら高速沿線局のようだ。しばらく交信を続けながら天候、道路などいろいろと情報をやり取りしながら感度が落ちる前に交信を終了。こういったことを繰り返しながら撮影地に向かう訳だ。
いよいよ本日の撮影地に近づく。東の空が次第に群青色になり始めた。前回見つけたポイントに到着。少し風があるが三脚がぶれるほどではない。前日準備した機材をセットし、ファインダを覗く。まだまだ暗く被写体がはっきりとは見えない。しかし、愛機・α-9000のフォーカスエリアは確実に被写体をロックした。
ゆっくりとレリーズを押す。それから段階露出をかけながら数カット。現像後にしかわからない出来上がりをイメージし、シャッター速度を変更しながら更に数カット。デジタル一眼の現在では想像もつかないフィルムの世界は、軽い緊張感を味わえた。

_0002少し風が落ち着き、周りもぼんやりと見えるようになった。もやの向こうに厳然と立つ阿蘇の稜線。それを背景として立つ2本の木が、草原で遊ぶ親子のように見えた。

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We are the Champion!!(World Cup)

鳥肌が立った!
PKの末、もぎ取り勝ち取った世界ナンバーワン!
取られたら取り返し、延長でもまた取り返し、そしてPKへ!
凄すぎる!
あきらめず、攻め続け、まさにもぎ取った優勝の座だ。
おめでとう!なでしこジャパン!
ニッポンばんざーい!
ワールド・カップ世界一!

2011年7月15日 (金)

夏本番

青い空、白い雲。夏の役者が揃いました。 かなり湿度が高く大変だが、日本の四季にはメリハリある風景が最も適してると思います。 初夏を過ぎ、パワフルな太陽からエネルギーをどんどん浴びて、新穂は成長してました。

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2011年7月11日 (月)

小戸の大観覧車

先日、福岡市西区小戸で「大型観覧車の解体作業中、観覧車の支柱が倒壊する事故」のニュースが報じられた。「ああ、あの観覧車だ」と思い出した。
ブログでは既出の写真だが再度アップした。当時は2台の観覧車が営業稼働中で結構目立っていた。昼よりも夜の方がイルミも点灯してキレイだった。
写真は博多湾に注ぐ名柄川河口、旧能古渡船場の近くから長時間露光撮影したもので、オレンジ色の(一回り大きい方)が倒壊した観覧車である。

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2011年7月 4日 (月)

背振とその周辺XIV(森の奥に切出し小屋)

雨上がり。いつもの椎原村から沢沿いに森に入る。あちこちから小鳥のさえずり、木々の間をわたる風。人の気配はなく、自然の音しか聞こえない。全身に贅沢な森林浴、ここまで来ないと得られない時間だ。
さらに奥に足を延ばすと、始めての場所にたどり着いた。そこにはきれいに整然と積み重ねられた大小の丸太が。細い・太い、リズミカルに積まれた丸太。
これは絵になると、さっそく三脚をセット。被写界深度を深めにが狙いで、絞り込む。前後に補正をかけ数カット。小屋とその周辺だけが拓けて、空の明るさが届いていた。

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2011年7月 3日 (日)

阿蘇とその周辺(俵山〜高森)

春うらら、早朝からの陽気に誘われ高速で高森に向かった。(トンネル完成前の)俵山を越える。春の柔らかい日差しが斜面に注ぐ。気持ちもたおやかになり、のんびりとカメラを向けた。

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車を高森方面に走らせ、いつものポイント・国民休暇村を通過。波野に抜ける峠の途中から右折、はじめての道に入った。
これから本格化する農繁期の準備だろうか、良く肥えた畑に人の手が入っている。周りを林に囲まれた畑に描かれたラインが美しかった。陽はそろそろと西に傾き始め、林の木の影が畑に延びていた。

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2011年7月 2日 (土)

背振とその周辺XIII(涼を求めて)

空はどんよりと曇り、べったりと貼り付く湿った空気。節電でエアコンをがまん、肌を這うまったりとした汗。蒸し暑くてたまらず、この日も背振に登った。定位置の椎原村。車の窓を開け沢沿いにしばらく走ると、心地よい渓流サウンド。
岩場を流れる沢の水、長時間露光させれば素麺フォトが撮れるかも。そう期待しながらポイントを探す。三脚をセットしα-9000に28-200mmを。
PLフィルターで岩を黒落ちさせて低速ショット。現像上がりを想像しながら更に数カット。
出来上がりがこの作品、わざわざ由布渓谷に行かずとも、らしい絵は撮れるじゃないか(自己漫spa)

Ps


植物園にて(サボテン)

初冬の頃、幼稚園児の次男を連れて福岡市動植物園に行った。ここは動物園とつながっており、植物も見学できる一粒で二度美味しい的な福岡市の施設である。遥か背振連峰に冠雪、しかしこの日の福岡市内は小春日和。更に、植物園・温室の中はやんわり、こっくりと眠気を誘うような温めの温度に設定されていた。
鑑賞に訪れた人が切れたところで三脚をセット。斜めから差す冬の陽がサボテンのトゲトゲをキラつかせて、こころにくい自然の演出。愛機・Minolta α-9000に28-200mm、次に100mmマクロで数カット。
お気に入りの構図と仕上がりをアップしたい。

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手入れが良いのか、余計なものがなくて痛そうだけど美しい。

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