« Tower City Fukuoka IIIX(福岡サンパレス) | トップページ | 阿蘇とその周辺(高森・初秋の候) »

2011年7月26日 (火)

「日本初ハドソン型蒸気機関車C61」12号機

今年、38年ぶりに復活したJR東日本のC61、日本初のハドソン型蒸気機関車である。過日、その復活に至る始終を映画の山田洋次監督が撮影し、吉永小百合がナレーションする番組をNHKが放映した。
軸配置(真横から見たときの車輪の配置)がアメリカ式でハドソンと呼ばれ、日本式呼称は2C2と呼ばれる。
「戦後、旅客輸送需要が急増し、戦時中製造がストップしていた旅客用機関車が急激に不足したため、国鉄は戦前に製造していたC57形、C58形、C59形の追加製造を行うことを決定した。しかしGHQの許可なしに新造ができなかったため、実際に新造できた両数が少なく、機関車不足を解消することができなかった。その一方で終戦により貨物輸送需要は逆に激減していたことから、苦肉の策として、余剰となっていた貨物用機関車のD51形、D52形を、旅客用機に転用改造することとなった」(Wikipediaより転用)機関車である。
全33両が製造され、全国各地で特急・急行旅客用優等列車を牽引した。
全国で急ピッチに無煙化が始まり、数々の優等列車は電機やディーゼル機関車に取って代わられたが、地方路線の一部客車用として数両のC61が生き延びていた。

1970917_0009i

これは嘗ての国鉄・熊本機関区で撮影した現役時代のもの。1970.9.17熊本機関区で撮影、と箱に記入している。カラーポジであるが退色とカビでフィルムのダメージが大きく、致し方なくPhotoshopでレタッチした。
下はターンテーブル上の同機である。このカットも保存状態が悪くPhotoshopでグレースケールに変換している。しかし、今となれば貴重なカットであった。当時は機関区内での撮影に余りうるさく言われず、このようなカットが撮影可能な時代だった。これは私が撮影したC61型の最初で最後のカットである。

1970917i

« Tower City Fukuoka IIIX(福岡サンパレス) | トップページ | 阿蘇とその周辺(高森・初秋の候) »

蒸気機関車」カテゴリの記事

コメント

機関車・・モノクロはなしてか迫力が違いますね、
1970.9.17熊本機関区で撮影、とありますが
時代を経た写真・・
なしてか、、
骨董に通じるものを感じます。

かんしゅうさん、いつもコメントありがとうございます。
本作品は既出の前後カットです。実は、C6112号機先頭部に登った、当時高校生の私が写ったカットもあるのです。。。今とあまり変わらない風貌をしております。非常に痩せておりまして、こけた頬が印象的です。黒の学生ズボン、途中まで折り曲げた白のカッターシャツ姿の私です。とてもブログには出せませんが、当時の国鉄はよくもこのような行為を許してくれたものだと今更ながらの驚きと、今では一切が厳禁との隔世を感じます。
そうですか、骨董に通じますか。そうかも知れませんね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1448014/40960563

この記事へのトラックバック一覧です: 「日本初ハドソン型蒸気機関車C61」12号機:

« Tower City Fukuoka IIIX(福岡サンパレス) | トップページ | 阿蘇とその周辺(高森・初秋の候) »

2014年2月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28  

時計

  • 初心者でわかるFX
フォト
無料ブログはココログ

ぽちっと